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4群60余体の臼杵石仏(磨崖仏)は、平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫られたと言われており、日本を代表する磨崖仏として、唯一国宝に指定されている。特に古園石仏は、木彫りを思わせる見事な切れ長の伏し目と端正な顔立ちの大日如来を中心に壮大な曼陀羅を構成している。臼杵石仏は、古くから信仰の場所としても知られ、学業成就や縁結びなど様々なご利益があるとされ、古園石仏前に備え付けの祈願用紙に願い事を書いて、御祈願箱に投函することができる。
臼杵市郊外にある山里の丘陵地に点在する臼杵石仏。山王山石仏、ホキ石仏第一群(堂ヶ迫石仏)など、平安~鎌倉時代に凝灰岩の岩壁に刻まれた4群61体の石仏(摩崖仏)があり、そのすべてが国宝に指定。臼杵石仏を代表する古園石仏群は、古園十三仏ともいわれ、大日如来坐像を中心に、菩薩像や明王像など全13体が並び壮大な曼荼羅を構成する。丸みを帯びた柔和な表情に心が安らぐホキ石仏第二群など、その質と数は圧倒的。3日前までの要予約でボランティアガイドによる石仏無料案内があるのもうれしい。
弘治2年(1556)頃、東九州一円に絶大な権勢を誇ったキリシタン大名・大友宗麟によって築城された城。四方を海に囲まれた海城だったが、その姿から亀城ともよばれた。現在は埋め立てにより陸続きとなっており、江戸時代より残る畳櫓と卯寅口門脇櫓[うとのくちもんわきやぐら]に加え、大門櫓が復元されている。城跡内には宗麟の精気漲る最盛期の姿を刻んだ「大友宗麟像」というレリーフがある。ポルトガルから贈られた日本初の大砲・国崩しのレプリカは必見。春は桜の名所としても知られている。
廃藩置県で東京に居を移した稲葉家の里帰りのため明治35年(1902)に建造。書院造、千鳥破風の玄関などに上流武家屋敷の様式を見ることができる。屋敷内で、「cafe凡と凛」のカフェメニューも楽しめる。
丘陵の中腹の斜面に浅い龕[がん]を造り、大小3つの如来坐像で構成。古園石仏とは異なった技法で製作され、表面には荒いノミ痕が残るが、邪気のない童顔で人気がある。
初代藩主・稲葉貞通が慶長5年(1600)に創建。九州では2カ所しかない江戸期の木造三重塔。臼杵の名匠・高橋団内らの手によるもので、塔の軒下にはユニークな表情の天邪鬼が置かれている。
江戸後期建造の酒蔵を再生させ、アズレージョとよばれるポルトガルの伝統的タイル絵が壁面を彩る。現在は写真展やミニコンサートなどに利用されている。
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