大阪市立東洋陶磁美術館
中国・韓国陶磁を中心に東洋陶磁のコレクションとして、世界第一級の質と量を誇っている。作品の魅力を鑑賞できるように、自然採光展示室や回転式展示台など展示設備にも工夫をこらしている。中国陶磁を中心に国宝2件、国の重要文化財13件を含む5732件(2024年3月時点)を収蔵。
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中国・韓国陶磁を中心に東洋陶磁のコレクションとして、世界第一級の質と量を誇っている。作品の魅力を鑑賞できるように、自然採光展示室や回転式展示台など展示設備にも工夫をこらしている。中国陶磁を中心に国宝2件、国の重要文化財13件を含む5732件(2024年3月時点)を収蔵。
初代淀屋常安は材木商として慶長19~20年(1614~1615)大坂の陣で徳川方に協力し、淀屋橋南詰の北浜一帯に広大な屋敷地を得た。2代目の个庵が土佐堀川沿いの北浜で米取引をはじめ、「淀屋の米市」と称されことが起源。元禄10年(1697)に米市は堂島に移され、そこへ向かう利便のため架けた橋が淀屋橋の始まり。米市では実物の米と交換できる米切手の取引(正米取引)と、今日の先物取引にあたる帳簿上だけの取引(帳合米取引)が行われていた。シカゴの商品取引所が作られた際、この米市のシステムが参考にされたという。現在、跡地には稲穂を持つ童子の像が立っている。
江戸時代の初めに各地から運ばれた米の取引は、土佐堀川沿いの北浜の路上で行われていた。この米の取引は当時の豪商「淀屋」が中心となって行ったため「淀屋の米市」とも称された。この米市では、実物の米と交換できる米切手の取引(正米取引)と、今日の先物取引にあたる帳簿上だけの取引(帳合米取引)が行われた。米市の相場は、全国の米相場の基準となった。また、世界における組織的な先物取引所の先駆けとして広く知られている。現在、跡地には建築家の安藤忠雄氏デザインの巨大な米粒「一粒の光」と、稲穂を持つ童子の像が立つ。
ネオ・ルネッサンス様式の公共施設。一市民の岩本栄之助氏の寄付により建設されたもので、赤レンガに青銅のドーム型の屋根が美しい。内部は貸室になっているため、B4にある展示室等を自由に見学できる。
明治24年(1891)、大阪市で初めて誕生した都市公園。堂島川と土佐堀川にはさまれた中洲を中心に、面積は約10.6ha。中央公会堂、中之島図書館などの重厚な建築物を眺めながらのんびりできる開放的な公園、園中央にあるバラ園はみどころだ。
神戸市東灘区御影にある香雪美術館の開館45周年を記念して大阪市にオープンした、2館目の中之島香雪美術館。朝日新聞社の創業者、村山龍平[むらやまりょうへい]が収集した、日本と東アジアの古美術品を展示する。刀剣、武具、仏教美術、書跡、中近世絵画、茶道具などが鑑賞できる。国指定重要文化財である「玄庵[げんなん]」を伝統建築技法で再現した茶室は必見。
現代美術を中心とした、国内外のアーティストによるさまざまな作品を収集・展示している美術館。竹の生命力と現代美術の発展、成長をイメージした外観デザインも魅力的だ。
明治11年(1878)の創立・取引開始から、大阪経済の中心地として親しまれてきたのが「大阪取引所」。前身である大阪証券取引所は平成25年(2013)に東京証券取引所と合併し、新たに日本取引所グループが発足。平成26年(2014)3月からは商号を「大阪取引所」に変更し、日経平均先物・オプションをはじめとした日本のデリバティブ(金融派生商品)取引の中心地となっている。1階のアトリウムビジョン(株価ボード)では刻々と変化する金融市場の今を見ることができるほか、見学スペース「OSEギャラリー」では、史料やパネル展示、シミュレーション端末を通じた学習が可能。
ドイツ製のクア機器を導入した、大阪の都心で気軽に利用できる本格的な温泉施設。地下1000mから湧き出たヴァージンウォーターを常に供給している。
常設展示では、「都市大阪の歩み」を紹介。展示は、10階から7階へと下りながら観覧するようになっており、古代・中世近世・近代現代の大阪の歴史を模型・原寸大復元や豊富な実物資料によって理解できる。また、地下には古代の難波宮の遺跡も保存されており、探訪ツアーに参加ができる。10階からは、大阪城や難波宮の眺望が人気。
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