
走り湯
発見は養老年間(717~724)にさかのぼり、走り湯権現ともよばれた。伊豆山温泉の発祥となった湯で、長さ5mほどの洞窟の奥に、いまも毎分170リットル、約70度の湯が湧いている。
- 「熱海駅」から徒歩18分
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発見は養老年間(717~724)にさかのぼり、走り湯権現ともよばれた。伊豆山温泉の発祥となった湯で、長さ5mほどの洞窟の奥に、いまも毎分170リットル、約70度の湯が湧いている。
木々に囲まれて重厚な社殿が立つ。社殿の裏手にある大楠(天然記念物)は推定樹齢2100年以上で、本州1位の巨樹。樹高約26m、幹の周囲が約24mある。1周すると1年間長生きするという。オープン茶寮「報鼓」等、カフェ軽食施設などもある。
明治30年(1897)から6年間、読売新聞の「新小説」に掲載された尾崎紅葉の小説『金色夜叉』の舞台の一つとなったのが熱海の海岸。主人公の間貫一と鴫沢宮が熱海の海岸を散歩したという設定で、熱海サンビーチ沿いに立つお宮の松は、小説ゆかりの地のシンボルといえる。現在の松は2代目で、すぐそばには初代の松の幹の輪切りと、別れの場面を表現した「貫一・お宮の像」や「金色夜叉の碑」、「尾崎紅葉記念碑」がある。毎年1月半ばには、お宮の松前で「尾崎紅葉祭」が開催されている。
かつては熱海の源泉の一つであったが、大正12年(1923)に噴出が止まったため、現在では人工的に間欠泉を作り出している。昭和37年(1962)に人工的に噴出する間欠泉として整備され、熱海市の史跡に指定された。近くには湯の神を祭る湯前神社がある。
非公開の岩崎邸、現存しない住友邸と並び、「熱海の三大別荘」といわれた名邸。日本家屋の母屋と離れは大正後期、洋館と広大な庭園は昭和初期に造られたもので、熱海市有形文化財に指定されている。戦後は旅館として賑わい、太宰治ら多くの文化人も投宿した。現在は熱海市の所有となり一般公開されている。館内にはゆかりの文豪たちの資料展示室や喫茶室もある。所要40分。
目の前が相模湾というロケーションが自慢の温泉宿ニューさがみやで、平日なら昼食付きの日帰り入浴ができる。温泉は、伊豆山温泉の「走り湯」を使用。1階の相模湾を望む大浴場もいいが、やはり相模湾を一望する屋上の露天風呂へ。屋上貸切露天風呂も無料で利用可能。2階の食事処での昼食は本格的な懐石料理だ。入浴後は客室でゆっくり休憩できる。
絵画・書跡・工芸など東洋美術を中心に、約3500点の収蔵品をもつ充実した美術館。収蔵品のうち国宝は、毎年2月に公開される尾形光琳筆『紅白梅図屏風』と、野々村仁清作『色絵藤花文茶壺』、古筆手鑑[てかがみ]『翰墨城[かんぼくじょう]』の3点で、国指定重要文化財は67点に及ぶ。豊臣秀吉ゆかりの黄金の茶室や能楽堂では能や狂言、各種イベントも開催。建物は熱海市街や相模灘を見下ろす眺めのよい高台に立ち、瑞雲郷と呼ばれる約23万平方mの庭園内にあって散策に格好。茶の庭にはカフェや食事処なども充実している。所要約2時間。
来宮駅の南にある坪内逍遙[つぼうちしょうよう]の邸宅。屋敷は大正9年(1920)に建てられたもの。逍遙は、ここでシェークスピアの全訳を完成させた。建物は木造2階建ての日本家屋。庭先には名前の由来となった2本の柿の木と書斎がある。また、100m南の海蔵寺には逍遙夫妻の眠る墓がある。双柿舎の見学には身分証明書が必要。所要1時間。
国指定重要文化財。日本で唯一現存するドイツ人建築家ブルーノ・タウトの建造物。タウトが表現した日本の美を堪能できる。※熱海市公式サイト掲載の専用フォームからのみ事前予約制。詳しくは熱海市生涯学習課まで要問合せ。
熱海サンビーチに隣接する親水公園の一画に造られた人気スポット。海上に大きく突き出した展望テラスで、姉妹都市イタリアを思わせるリゾートムードが漂う。潮風を感じながら散策したり、沖を走るクルーザーを眺めたりと、海辺の風情を満喫できる。「恋人の聖地」に認定されており、テラス尖端にある噴水前には恋人たちが愛を誓い合うことのできる石のモニュメントも。ライトアップされてロマンチックなムードになる夜もおすすめ。
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