外交官の家
山手イタリア山庭園にあるアメリカン・ヴィクトリアン様式の洋館。ニューヨーク総領事などを務めた明治政府の外交官内田定槌氏が住んでいた。食堂、客間、書斎、寝室など、当時の様子を忠実に再現している。山手イタリア山庭園の風景を望む休憩コーナーもある。
- 「石川町駅」から徒歩5分/「元町・中華街駅」から徒歩16分
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
山手イタリア山庭園にあるアメリカン・ヴィクトリアン様式の洋館。ニューヨーク総領事などを務めた明治政府の外交官内田定槌氏が住んでいた。食堂、客間、書斎、寝室など、当時の様子を忠実に再現している。山手イタリア山庭園の風景を望む休憩コーナーもある。
明治5年(1872)、日本で初めて鉄道が通ったことを記念した碑。当時の横浜駅は現在の桜木町駅付近にあり、5月に横浜と品川間で仮開業、9月に新橋間まで本開業した。当時は新橋~横浜間を約53分かけて走っていた。当時の時刻表などが刻まれている。
関東大震災で崩壊したこの地に、昭和2年(1927)ごろ建設された外国人向けアパートメントハウス。典型的な洋風住宅の造りで、震災後に居住した外国人の生活を伝える貴重な建物。4つの同一形式の住戸が、中央部の玄関ポーチをはさんで対称的に向かいあい、上下に重なっている。洋風住宅の標準的な要素である上げ下げ窓・よろい戸などが、簡素な仕様になっているのが特徴。見学所要20分。
明治末期から大正初期にかけて造られ、横浜港のシンボルとして親しまれてきた赤レンガ倉庫が、平成14年(2002)に新しく生まれ変わり人気を集めている。煉瓦造りの三階建ての2棟が立つ。今でも鉄扉や、荷物の上げ下ろしのスロープをガラスでおおった保存階段(1号館)、波形鉄板の天井(2号館)などに創建当時のたたずまいが見られる。近代化産業遺産。
公園のほぼ中心にある像は、横浜と姉妹都市提携を結んだアメリカのサンディエゴ市から昭和35年(1960)に寄贈された。噴水の周りのベンチは、人々の憩いの場になっている。
山手イタリア山庭園内に建つ、大正末期に建てられた洋館。戦後は山手カトリック教会司祭館として使われていた建物を移築復元。木造2階建て。フランス瓦、鎧戸を持つ典型的な外国人住宅。館内には元町で製作されていた横浜家具が復元展示されている。居留地時代の展示資料や図書の閲覧室もある。見学所要20分。
大正15年(1926)、J・E.ラフィン邸として建てられたスペイン風の洋館。地階は鉄筋コンクリート、地上2階は木造の寄棟造り。ホールは開放的な吹き抜けになっている。設計者は、アメリカ人建築家J・H・モーガン。大正9年(1920)、東京・丸ビル建設のために来日。日本を愛したモーガンは藤沢に移り住み、数多くの建物の設計を手がけた。
中国北宋の時代に実在した女性・媽祖をはじめ、学問の神文昌帝君、縁結びの神月下老人、安産の神臨水夫人、子授の神の註生娘娘を神殿内で祀っている。媽祖は航海の安全、自然災害から人々を守る女神として信仰を集めている。
かながわの文化と歴史を紹介する博物館。建物は明治37年(1904)、横浜正金[しょうきん]銀行本店として建てられたネオ・バロック様式の建築で、国の重要文化財・史跡に指定。常設展とは別に年に数回、特別展(別料金)も開催。1階にはレトロな趣きの喫茶店がある。営業部長(マスコットキャラクター)の「パンチの守[かみ]」は150年以上前に描かれた明治のマンガキャラクターが由来。
横浜駅を見下ろすジョイナスの屋上にある、緑豊かな公園。広さ4600平方mの広々とした園内には、世界の巨匠マリノ・マリーニ、アントワーヌ・ブールデルのほか、現代日本の彫刻家・朝倉響子らによる彫刻作品が6体が立つ。横浜高島屋の屋上にも通じている。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。