山手234番館
関東大震災で崩壊したこの地に、昭和2年(1927)ごろ建設された外国人向けアパートメントハウス。典型的な洋風住宅の造りで、震災後に居住した外国人の生活を伝える貴重な建物。4つの同一形式の住戸が、中央部の玄関ポーチをはさんで対称的に向かいあい、上下に重なっている。洋風住宅の標準的な要素である上げ下げ窓・よろい戸などが、簡素な仕様になっているのが特徴。見学所要20分。
- 「元町・中華街駅」から徒歩9分/「石川町駅」から徒歩15分
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
関東大震災で崩壊したこの地に、昭和2年(1927)ごろ建設された外国人向けアパートメントハウス。典型的な洋風住宅の造りで、震災後に居住した外国人の生活を伝える貴重な建物。4つの同一形式の住戸が、中央部の玄関ポーチをはさんで対称的に向かいあい、上下に重なっている。洋風住宅の標準的な要素である上げ下げ窓・よろい戸などが、簡素な仕様になっているのが特徴。見学所要20分。
明治5年(1872)、日本で初めて鉄道が通ったことを記念した碑。当時の横浜駅は現在の桜木町駅付近にあり、5月に横浜と品川間で仮開業、9月に新橋間まで本開業した。当時は新橋~横浜間を約53分かけて走っていた。当時の時刻表などが刻まれている。
横浜港が舞台となった野口雨情作詞の有名な童謡「赤い靴」。歌に登場する少女が、膝をかかえて海を見つめながら物憂げな表情を浮かべている。ちょこんと座る姿が愛らしい。
昭和5年(1930)に横浜船渠(株)(現、三菱重工業(株)横浜製作所)で造られた、総トン数1万1622トン、全長163.3mの豪華貨客船。30年にわたり活躍し約9万人もの人々を運んだ。昭和36年(1961)から山下公園に係留されており、アールデコの内装が美しい一等食堂や一等社交室、チャップリンも泊まった一等特別室などが見学できる。平成28年(2016)重要文化財に指定。
かながわの文化と歴史を紹介する博物館。建物は明治37年(1904)、横浜正金[しょうきん]銀行本店として建てられたネオ・バロック様式の建築で、国の重要文化財・史跡に指定。常設展とは別に年に数回、特別展(別料金)も開催。1階にはレトロな趣きの喫茶店がある。営業部長(マスコットキャラクター)の「パンチの守[かみ]」は150年以上前に描かれた明治のマンガキャラクターが由来。
日米和親条約締結の地に立ち、日本の開国と横浜の開港に関する資料を展示している。1階はペリー来航から開国までを、2階では開港後の横浜の文化や街の発展を貴重な資料で紹介している。ほかに企画展示を開催。地下1階では内外の資料が閲覧できる(前日までに要予約)。所要40分。また、日米和親条約締結を見守っていた玉楠の木や現在事務所棟になっている旧英国総領事館の建物、領事館門番所を利用したミュージアムショップ&カフェ PORTER’S LODGEなどがある。
山手イタリア山庭園内に建つ、大正末期に建てられた洋館。戦後は山手カトリック教会司祭館として使われていた建物を移築復元。木造2階建て。フランス瓦、鎧戸を持つ典型的な外国人住宅。館内には元町で製作されていた横浜家具が復元展示されている。居留地時代の展示資料や図書の閲覧室もある。見学所要20分。
公園端にあるインド式の水飲み場で、在日インド人協会から昭和12年(1937)に寄贈された。内部は美しく彩色されている。現在は水は出ない。
元町公園内、山手本通りに面して立つ白い洋館。大正15年(1926)、日本の近代建築の父と言われるアントニン・レーモンドの設計で、スイス人貿易商フリッツ・エリスマンの私邸として山手町に建設。平成2年(1990)、公園内に移築・復元された。邸内では暖炉のある応接室やサンルーム、居間兼食堂などのほか、2階の山手の洋館に関する資料展示室を見学できる。
山手イタリア山庭園にあるアメリカン・ヴィクトリアン様式の洋館。ニューヨーク総領事などを務めた明治政府の外交官内田定槌氏が住んでいた。食堂、客間、書斎、寝室など、当時の様子を忠実に再現している。山手イタリア山庭園の風景を望む休憩コーナーもある。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。