
永平寺
広さ33万平方mにも及ぶ寺域は樹齢700年に及ぶ老杉に囲まれ、壮厳な雰囲気が漂う。境内には山門、仏殿、法堂[はっとう]、僧堂、庫院[くいん]、浴室、東司[とうす]の七堂伽藍をはじめ大小70余りの堂宇が配され、これらはすべて廻廊で結ばれている。参拝は左側通行を守り、順路に従って静かに歩こう。建物の撮影は構わないが、修行僧の生活空間である僧堂などに入ったり、カメラを修行僧に向けることは禁止。予約不要の日帰りや1泊2日の参禅体験(坐禅体験)もできる。
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広さ33万平方mにも及ぶ寺域は樹齢700年に及ぶ老杉に囲まれ、壮厳な雰囲気が漂う。境内には山門、仏殿、法堂[はっとう]、僧堂、庫院[くいん]、浴室、東司[とうす]の七堂伽藍をはじめ大小70余りの堂宇が配され、これらはすべて廻廊で結ばれている。参拝は左側通行を守り、順路に従って静かに歩こう。建物の撮影は構わないが、修行僧の生活空間である僧堂などに入ったり、カメラを修行僧に向けることは禁止。予約不要の日帰りや1泊2日の参禅体験(坐禅体験)もできる。
天保14年(1843)再建の江戸時代末期の建物で、一般の寺院の本堂にあたり、永平寺貫首の説法や毎朝の勤行、各種法要が行われている。国の重要文化財に指定されており、堂内は420畳敷と七堂伽藍の中では最大規模を誇る。中央の須弥壇に祀られているのは聖観世音菩薩。境内の最も高い位置にあるため、ここから見下ろす紅葉や冬の雪景色の景観は格別だ。
承応2年(1653)、松岡藩主の松平昌勝が祖母を弔うため建立、のち昌勝の菩提寺に。境内には本堂や枯木堂(禅堂)などがある。松尾芭蕉ゆかりの寺としても知られ、『奥の細道』道中で宿泊したことにちなんだ芭蕉塚と筆塚が立つ。
永平寺の開祖道元禅師が開山前の2年間を修行した寺。道元禅師像や道元筆と伝わる守り札などの寺宝を所蔵。境内には道元坐禅石も残っている。
町の中心にあり、市街を一望できる景勝地。桜の名所として、開花時には花見客でにぎわいをみせる。公園内に6世紀末の円墳である春日山古墳がある。
総受処(受付け)で参禅研修が行われる吉祥閣に続く、参拝者の控え室などを備える建物。必見は2階にある156畳敷の絵天井の大広間。昭和初期の著名な日本画家144名が描いたという、折上格天井にはめ込まれた花鳥彩色画230枚が圧巻。
七堂伽藍の中心に位置する明治35年(1902)改築の国指定重要文化財。「覚皇宝殿」とも呼ばれ、二重屋根のように見える一重裳階付きの荘厳で美しい姿が印象的。国土安穏、万邦和楽を願う道場で、須弥壇には過去・現在・未来の三世を表す三世如来を安置。中央の本尊・釈迦牟尼仏が現世仏、本尊に向かって左側の阿弥陀如来が過去仏、右側の弥勒菩薩が未来仏となっている。
江戸時代中期の寛延2年(1749)に再建された永平寺で2番目に古い建造物。修行僧にとっては修行のために入山する時と、修行後に下山する時だけ通れる特別な門で、国指定重要文化財。入母屋造、銅板葺きの二重門の下層階には、仏法の守護神である多聞天、持国天、広目天、増長天の四天王の像が、上層階には五百羅漢が祀られている。
修行僧が食事や睡眠をとる生活の場であり、修行の根本となる坐禅を行う建物で、「雲堂」とも「坐禅堂」とも呼ばれる。七堂伽藍の一つで、浴室、東司[とうす](トイレ)と並ぶ三黙道場の一つでもあり、私語は厳禁だ。明治34年(1901)建築の国指定重要文化財で、僧堂中央には文殊菩薩を安置。神聖な修行の場であるだけに僧堂の中に入れるのは雲水(修行僧)のみ。
九頭竜川に近く、永平寺や福井県立恐竜博物館へのアクセスも良好な道の駅。ここでしか買えないオリジナル商品を数多く揃えており、地元の特産品の極甘とうもろこしを使った「ピクニックコーン大福」や永平寺町の酒造の清酒を使った「大人の吟醸酒饅頭」など珍しい商品はおみやげにも良いと評判。レストランでは福井県産そば粉を使用した手打ちおろしそばや、福井名物の「ソースかつ丼」などが楽しめる。併設する温浴施設では大人気の足湯や良質な天然温泉に入浴でき、旅の疲れを癒やすことができる。
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