久昌寺
弁天池と観音堂が織りなす風景が美しい。寺宝の閻魔大王が爪で彫ったという御手判石は、指紋のような模様が見られる。
- 「浦山口駅」から徒歩22分
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弁天池と観音堂が織りなす風景が美しい。寺宝の閻魔大王が爪で彫ったという御手判石は、指紋のような模様が見られる。
札所28番で、そそり立った岩壁の下に立つ姿が印象的。鎌倉時代の作といわれる馬頭観音が本尊で、裏にかつて奥ノ院だった橋立鍾乳洞がある。
荒川の浸食でできた河岸段丘上に露出した大きな岩盤の上に本堂がある。秩父札所の第19番。千手観世音菩薩本堂となりの三途婆堂(さんずばどう)には、三途の川の川辺で死者の服をはぎとる奪衣婆(だつえば)の座像がまつられている。「子育て婆さん」として、子どもの病気を治してくれるといわれている。
「長享2年秩父観音札所番付」によると、定林寺が札所1番となっている。当時は定林寺から巡礼を始めたものと思われ、その名残りとして立派な鐘楼があり、梵鐘には秩父、坂東、西国、百観音のご本尊とご詠歌が刻まれている。現在のものは宝暦8年(1758)に再鋳造されたもので県指定文化財である。本尊は11面観世音菩薩で、定林寺は「林寺」とも呼ばれ、これは林太郎定元の菩提を弔うために建立した林家個人の持寺だったため。林家は妙見社の触れ役を勤める家柄だったと伝えられている。
札所1番。元禄10年(1697)に建立された朱塗りの千鳥破風付観音堂は、秩父札所霊場の中で唯一の県指定重要文化財だ。8月24日に行われる大施食会は関東三大施餓鬼会の一つとして有名。境内の売店では一番札所らしく、杖や納経帖、掛軸、笈摺、白衣などの巡礼用品が全て揃う。また周辺は、秩父市の天然記念物ムラサキヤシオツツジの群生地としても知られる。
埼玉県指定民俗資料、1300余体の石仏群で知られる寺で札所4番に当たる。観音堂外陣、向かって右手にある慈母観音はその表情から、マリア観音ともよばれる。山門には約3mの大きなワラジがある。
秩父札所三十四ヶ所観音霊場の1つで、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の際、旗を差した場所として語り継がれてきた。西国三十三ヶ所、坂東三十三ヶ所とともに日本百番観音に数えられている。西武鉄道・西武秩父駅、秩父鉄道・御花畑駅からほど近く、秩父市街の中心部にあり、5月に花まつり、7月にあめ薬師、12月には夜祭などが行われにぎわう。薬師如来像、聖徳太子七才尊像など多くの文化財・寺宝があり、本堂は明治11年(1878)の秩父大火で焼失したが、明治34年(1901)に一番四萬部寺の本堂を模して再建された。
観音堂の手前には輪廻塔が立っていて、お経が刻まれた円盤を廻すと生者は最高の幸せが約束され、亡者は地獄から天国に生まれ変わるといわれている。秩父指定有形文化財「飛天像」が堂内に安置。境内には勢至堂がある(勢至菩薩は午年生まれの守り本尊)。
秩父札所33番。本尊の聖観世音(県文化財)は、藤原時代の檜の一木彫。入母屋造の本堂の広い土間の左右には子返しの図や孝行和讃の図があり、貧しい暮らしのなかでの人道倫理が諭されている。
奥秩父の山中に鎮座する古社。日本武尊[やまとたけるのみこと]の創祀といわれ、御眷属[ごけんぞく](神の使い)として祀られる山犬(狼)の信仰で名高い。社名の「三峯」は、東方に連なる雲取山、白岩山、妙法ケ岳を指す。重厚な造りの拝殿は寛政12年(1800)建立。背後の本殿は寛文元年(1661)建立の春日造で、伊弉諾尊[いざなぎのみこと]、伊弉册尊[いざなみのみこと]を祀る。さらに古来の正参道を通り、江戸後期再建の随神門を抜けて、奥宮を遥拝する遥拝殿の参拝を。左手の銅像は高さ5.5mの日本武尊だ。
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