旧秩父往還
江戸時代、秩父に入る道は「秩父往還」と総称され、熊谷と甲州を結ぶ主要道路の役割を担ってきた。街道沿いには享保年間(1716~36年)に盛んになった織物、「秩父銘仙」の問屋が軒を連ねていたという。現在では、西武秩父駅から秩父鉄道の秩父駅まで、線路の西側に並行する旧秩父往還沿いに当時の名残りが見られる。秩父を代表する養蚕農家であった松本家の3階建ての建物や、現在も醸造を続ける武甲酒造をはじめ、今も古商家が残る。
- 「御花畑駅」から徒歩7分/「秩父駅」から徒歩9分
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江戸時代、秩父に入る道は「秩父往還」と総称され、熊谷と甲州を結ぶ主要道路の役割を担ってきた。街道沿いには享保年間(1716~36年)に盛んになった織物、「秩父銘仙」の問屋が軒を連ねていたという。現在では、西武秩父駅から秩父鉄道の秩父駅まで、線路の西側に並行する旧秩父往還沿いに当時の名残りが見られる。秩父を代表する養蚕農家であった松本家の3階建ての建物や、現在も醸造を続ける武甲酒造をはじめ、今も古商家が残る。
弁天池と観音堂が織りなす風景が美しい。寺宝の閻魔大王が爪で彫ったという御手判石は、指紋のような模様が見られる。
埼玉県指定民俗資料、1300余体の石仏群で知られる寺で札所4番に当たる。観音堂外陣、向かって右手にある慈母観音はその表情から、マリア観音ともよばれる。山門には約3mの大きなワラジがある。
秩父観光農園村内にある観光農園で、20種類以上のぶどうやイチゴ(1月中旬~5月下旬)を栽培する。果物狩りや食べ放題が楽しめるのはもちろん、雨天でも安心の屋根つき。
秩父札所三十四ヶ所観音霊場の1つで、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の際、旗を差した場所として語り継がれてきた。西国三十三ヶ所、坂東三十三ヶ所とともに日本百番観音に数えられている。西武鉄道・西武秩父駅、秩父鉄道・御花畑駅からほど近く、秩父市街の中心部にあり、5月に花まつり、7月にあめ薬師、12月には夜祭などが行われにぎわう。薬師如来像、聖徳太子七才尊像など多くの文化財・寺宝があり、本堂は明治11年(1878)の秩父大火で焼失したが、明治34年(1901)に一番四萬部寺の本堂を模して再建された。
「長享2年秩父観音札所番付」によると、定林寺が札所1番となっている。当時は定林寺から巡礼を始めたものと思われ、その名残りとして立派な鐘楼があり、梵鐘には秩父、坂東、西国、百観音のご本尊とご詠歌が刻まれている。現在のものは宝暦8年(1758)に再鋳造されたもので県指定文化財である。本尊は11面観世音菩薩で、定林寺は「林寺」とも呼ばれ、これは林太郎定元の菩提を弔うために建立した林家個人の持寺だったため。林家は妙見社の触れ役を勤める家柄だったと伝えられている。
西武秩父駅東側の高台にある緑地公園。秩父の市街地や武甲山が見渡せ、春には約1000本の桜が咲いて花見客で賑わう。また、4月中旬~5月初旬には約1万7600平方mの広さに咲く10品種40万株以上のシバザクラも圧巻。「芝桜の丘」西側には、羊が飼育されている「ふれあい牧場」があり、家族連れに人気だ。
札所1番。元禄10年(1697)に建立された朱塗りの千鳥破風付観音堂は、秩父札所霊場の中で唯一の県指定重要文化財だ。8月24日に行われる大施食会は関東三大施餓鬼会の一つとして有名。境内の売店では一番札所らしく、杖や納経帖、掛軸、笈摺、白衣などの巡礼用品が全て揃う。また周辺は、秩父市の天然記念物ムラサキヤシオツツジの群生地としても知られる。
荒川の浸食でできた河岸段丘上に露出した大きな岩盤の上に本堂がある。秩父札所の第19番。千手観世音菩薩本堂となりの三途婆堂(さんずばどう)には、三途の川の川辺で死者の服をはぎとる奪衣婆(だつえば)の座像がまつられている。「子育て婆さん」として、子どもの病気を治してくれるといわれている。
秩父市街地が一望できる絶好のロケーション。芝桜や桜の名所として有名な羊山公園の一角にある。秩父のシンボル「武甲山」が地質、植物、動物、産業の視点で紹介されており、武甲山の登山コースやハイキングコースをタッチパネルで見ることができる。
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