司馬遼太郎「竜馬がゆく」文学碑
風頭公園内の龍馬の像の隣にある。司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』の一節を抜粋した文学碑。長崎に込めた龍馬の期待が伝わってくる。
- 「崇福寺駅」から徒歩11分/「市役所駅」から徒歩11分
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風頭公園内の龍馬の像の隣にある。司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』の一節を抜粋した文学碑。長崎に込めた龍馬の期待が伝わってくる。
長崎の街を見渡せる風頭山山頂にあるこの公園は、坂本龍馬の銅像や司馬遼太郎の記念碑が立つことでよく知られており、毎年それぞれのファンが多く訪れている。また、この公園は長崎では「ハタ」とよばれる凧をあげて「けんか凧」を楽しむ場所としても有名。カラフルで大胆なデザインの凧を、空中でお互いにからませて相手の糸を切る戦いは、勇壮で美しい。
長崎駅から東方1kmの場所に位置し、展望台や多目的広場、遊戯広場などがある公園。春には約700本のソメイヨシノやヤマザクラの花見が楽しめる。
若宮稲荷神社そばに移設された資料館。上野彦馬が撮影した幕末の志士たちの写真や、「五箇条の御誓文」の元になったと言われる「新政府綱領八策」の原文写しなどファン垂涎の資料約150点が展示されている。平成30年(2018)3月に改修工事を行い、屋根、床、天井の補修、そして正面玄関廻りの拡張やバリアフリー化など、崩れかけたあばら家が少しきれいになって、出入りしやすくなった。
長崎奉行所立山役所の建物を同じ場所に一部復元整備。長崎奉行所の役割と近世長崎の海外交流史を、歴史・美術・工芸資料や映像などを通して紹介している。南蛮屏風や解体新書、踏み絵、シーボルトが実際に使用した医療器具などを常設展示している。
学問の神様、菅原道真を祀った神社。本殿を囲む端垣[みずがき]の欄間に刻まれた『職人尽[しょくにんづくし]』の彫刻は、菓子造りや竹細工、鍛冶大工などの職人の姿を30枚にわたり浮き彫りにした貴重なもの。県の有形文化財にも指定されている。正徳3年(1713)、社殿改築の際に奉納された。
地元では「お諏訪さま」の愛称で親しまれている長崎の総氏神。大鳥居から続く194段の石段を上れば長崎の街並みが一望できる。広い境内には、カッパのような皿を頭にのせたり、玉に乗ったりなどさまざまな姿をした狛犬が祀られていてユニーク。また国際都市・長崎ならではの英文おみくじも人気がある。
長崎市立桜町小学校敷地内にある、江戸初期の教会遺跡が見られる資料館。サント・ドミンゴ教会は、ドミニコ会のモラーレス神父によって建てられた教会。宣教活動をしていた薩摩からこの地に移転した折に、薩摩の教会堂を解体し移設。禁教令によってモラーレス神父が退去した後、壊された教会堂跡地に長崎代官末次平蔵の代官屋敷が建てられた。平成12年(2000)、小学校校舎建て替え時の発掘調査で、代官屋敷と教会の建物遺構、12万点を越す遺物を発見。現在は、遺構ゾーンや展示室ゾーンなど4つのゾーンで、石組地下室や石畳などの遺構の一部や花十字紋瓦や陶磁器などの出土品を見学できる。
寛永11年(1634)、唐僧・黙子如定[もくすにょじょう]によって架設。中島川石橋群の中では唯一の双円アーチ型で、水に映った姿が眼鏡のように見えるためこの名が付いている。眼鏡橋のビューポイントは2つ隣の東新橋。アーチが高いので、眼鏡橋を正面から見下ろす角度で見ることができる。橋の向こうに夕日が沈む景色は一見の価値あり。河畔は中島川公園として整備され、枝垂れ柳が風情を感じさせる。川沿いに遊歩道もあるので、ゆっくりと散歩をしてみよう。夜22時までライトアップを実施。長崎の観光名所として人気が高い。
亀山社中跡の長崎市亀山社中記念館近く、亀山通りに石碑が立つ。亀山焼窯は文化4年(1807)に、大神甚五平を中心に開窯した。オランダが注文した水瓶を主に焼いていたが、オランダ船来航の減少により白磁染付を製作するようになり、やがて慶応元年(1865)に閉窯。龍馬は自分の名と同じ龍が描かれた亀山焼の茶碗を愛用したといい、この窯跡地に亀山社中を設立した。現在、窯跡の一部が確認されており、石碑脇には案内板が、そばの伊良林平公民館では外壁に展示棚を設けて亀山焼の作品を展示している。
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