グラバーガーデン・ショップ
グラバー園をたっぷり楽しんだら、旅の思い出の品やみやげを入手したいところ。人気はやっぱり、ハートストーンをモチーフにした小物や、長崎限定のマダム・バタフライシリーズ(オードパルファム・ハンドクリーム・あぶらとり紙)ほか、ここでしか買えないオリジナルグッズも多い。
- 「大浦天主堂駅」から徒歩5分/「石橋(長崎)駅」から徒歩6分
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グラバー園をたっぷり楽しんだら、旅の思い出の品やみやげを入手したいところ。人気はやっぱり、ハートストーンをモチーフにした小物や、長崎限定のマダム・バタフライシリーズ(オードパルファム・ハンドクリーム・あぶらとり紙)ほか、ここでしか買えないオリジナルグッズも多い。
立命館大学の学祖であり公使、文相、首相を歴任した西園寺公望が、明治3年(1870)頃、フランス語の勉強のため長崎滞在中の仮の住まいとしていた地。滞在は7カ月ほどだった。
豊臣秀吉のキリシタン禁止令によって捕えられたフランシスコ会の司祭と修道士6人と日本人修道士と信者20人が慶長元年(1597)に処刑された場所。キリストが十字架に架けられたゴルゴタの丘に似ていることから、信者たちがこの地を処刑の場に願い出たといわれている。26聖人の殉教以降も多くの人々がこの地で処刑されたという。太平洋戦争後公園化され、昭和25年(1950)には、ローマ教皇・ピオ十二世がこの地をカトリック教徒の公式巡礼地と定めている。長崎県指定史跡でもあり、園内には26聖人が処刑されて100年目の昭和37年(1962)に、彫刻家・舟越保武作の等身大の嵌込[はめこみ]ブロンズ像の記念碑「昇天のいのり」とキリシタンに関する資料が豊富な「日本二十六聖人記念館」が建てられた。
江戸時代後期に荻野流砲術および西洋砲術の研究をした、町年寄・高島秋帆の邸宅跡(史跡)。文化3年(1806)、秋帆の父が別邸として建てたもので、別名雨声楼[うせいろう]ともよばれていた。国の史跡指定後、原爆に遭って大破。現在は石垣や塀がかつての名残りをとどめている。
海を見下ろす小高い丘に立つ、漆喰の白い外壁と2つの塔が印象的な教会堂。建立は明治15年(1882)。フランス人宣教師マルク・マリー・ド・ロ神父が自ら設計し、信者たちの労働奉仕で完成した。低く堅牢な造りの木造平屋建てで、明治42年(1909)には玄関を拡張して鐘塔を造り、創建時の装飾塔と合わせて2つの塔を持つ姿になった。内部は三廊式で、天井は漆喰塗り、かつては正座して祈りを捧げたという木造りの床には傷や擦れた跡などが残っている。国指定重要文化財で、世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産である出津集落の見どころの一つ。
世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産「外海の出津集落」内に立つ出津教会堂のほど近くにある。出津教会堂を建てたド・ロ神父は、村民のために農業や漁業の指導、医療や教育の事業などさまざまな活動をした。その活動の1つとして、明治16年(1883)に創設したのが出津救助院。結婚前の女性に教育や授産事業を行う拠点として神父自ら設計、私財を投じて建てた福祉施設だ。かつての庄屋屋敷跡にあり、今も授産場やマカロニ工場、製粉工場、薬局などの建物が残っている。中心となる授産場の建物は木造と石造り。1階がパンやそうめん作りなどの作業場で、中央の床には地下貯蔵庫、建物東側にはパン焼窯跡がある。2階は女性たちの生活の場、教育の場、祈りの場であり、ヨーロッパから取り寄せたミシンや編み機を使った仕事場でもあった。隣のマカロニ工場の製品と併せて、救助院の多くの製品が長崎居留地の外国人に販売され、輸出もされたという。現在、食と農の体験活動施設として利用されている旧製粉工場では、施設ゆかりの商品を販売。授産場とマカロニ工場の建物、ド・ロ塀と呼ばれる塀は国指定重要文化財だ。
江戸時代の禁教令の下、外海地方で信仰を維持し続けた潜伏キリシタンの伝承地の1つ。バスチャンは、外国人の司祭や修道士が追放された後、外海や浦上、五島の人々に日繰り(キリスト教の行事の暦)や予言などを遺した伝説の日本人伝道士。バスチャン屋敷跡は、役人に見つからないように隠れ住んだといわれる隠れ家跡で、長崎市指定史跡。現在は、木々の深い緑の中に、質素な石積みの小屋が立てられている。遠藤周作の小説『沈黙』を元に制作された映画『沈黙-サイレンス』のため、マーティン・スコセッシ監督もこの地を視察している。
寛永18年(1641)に平戸より移され、218年間唯一のヨーロッパとの貿易の窓口だったオランダ商館の跡地。現在19世紀初頭の出島を復元する事業が進行中。16棟の復元建物等を見学でき、発掘調査により出土した品々や、当時の生活を再現した空間がみどころ。平成29年(2017)11月に出島表門橋が完成し、江戸時代と同じように、橋を渡って出島に入れるようになった。
世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産「大野集落」にある教会堂。明治26年(1893)、ド・ロ神父が設計・施工し、大野集落の26戸の信者のために建設した教会で、民家風の建物は間口約6.1m、奥行約11.8m。内部は1室のみで、奥に司祭室が別に造られている。和瓦葺きの屋根上や鬼瓦にはクルスが描かれ、石を積み上げた外壁にはレンガで半円アーチを造った窓がある。ド・ロ壁と呼ばれる外壁は、地元の玄武岩の割り石を使い、赤土に石灰を混ぜ合わせた泥漆喰で固めていることから大野独特の風合いを醸し出している。内部見学はできないが、木骨トラスを用いた小屋組など、ド・ロ神父の洋式建築技法が典型的に表れており、国の重要文化財に指定されている。
日本初の鉄骨造洋式灯台で、明治4年(1871)7月に初点灯。原爆で破損、天井のドーム部分のみ建造時のものだ。当時の灯台で使用されていた道具などを展示する、灯台記念館(料金:入館無料、時間:9~17時、休み:月曜、祝日の場合は翌平日)もある。
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