川越商工会議所
小江戸の名にふさわしい蔵造りの町並みが有名な川越だが、大正時代のハイカラな雰囲気をいまに伝える、洋風建築物も点在している。昭和2年(1927)に建築された川越商工会議所は、その代表格。ギリシャの神殿を彷彿とさせる重厚な外観は一見の価値あり。昭和45年(1970)から商工会議所として利用されている。
- 「本川越駅」から徒歩13分/「川越市駅」から徒歩16分
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小江戸の名にふさわしい蔵造りの町並みが有名な川越だが、大正時代のハイカラな雰囲気をいまに伝える、洋風建築物も点在している。昭和2年(1927)に建築された川越商工会議所は、その代表格。ギリシャの神殿を彷彿とさせる重厚な外観は一見の価値あり。昭和45年(1970)から商工会議所として利用されている。
忍城址の本丸跡地に立つ博物館。忍城[おしじょう]の城下町として発展した行田市の歴史と文化を紹介している。展示室は4つに分かれており、忍城の築城、江戸時代の忍城と城下町の様子、足袋製造の歴史、古代の歴史と文化から、行田の歴史をたどる構成。国指定重要文化財の酒巻14号墳出土埴輪も展示している。博物館の周囲は公園として整備され、昭和63年(1988)再建された隣接する御三階櫓[ごさんかいやぐら]は、この博物館から入場でき、最上階の展望室からは城下町行田の町並みを眺められる。
川越城は長禄元年(1457)に上杉持朝が築城した。本丸御殿は嘉永元年(1848)に松平斉典により造られたものが一部現存している。埼玉県指定有形文化財に登録されている。
我が国でも、有数の古さを誇る閘門式運河。市の東部を流れる芝川と、その左右を流れる見沼代用水路には3mの水位差があるため、見沼代用水路と芝川との間に関を設け、水位を調節して船を通した。閘門式運河として世界的に有名なパナマ運河より180年以上も早い、享保16年(1731)の完成。この開通によって、江戸との産業交流が発展した。当時の土木技術や流通経済を知る上で、貴重な遺構。国史跡。
JR大宮駅東口周辺の再開発事業で誕生した大型複合施設「大宮門街」。EASTとWESTの2棟からなり、低層階には商業施設やクリニック、市民ホールがあり、高層階はオフィスエリアとなっている。
老舗菓子店「亀屋」の五代目嘉七氏の隠居所として、大正14年(1925)に建設された。設計は住宅作家として定評のあった保岡勝也。当時の粋を贅沢に取り入れた、洒脱な洋風建築にはため息がもれるばかり。
一番街に並ぶ蔵造り建築のなかで最も古く、寛政4年(1792)に建てられた。国の重要文化財に指定。切妻造、瓦屋根の2階建て、間口6間、奥行4間半の簡素な外観だが、壁の厚さは30cmあり、堂々としている。2階の土格子[どごうし]も印象的だ。店舗で民芸品販売している。
同地で発見された貝塚を保存するために、整備された公園。園内には、発掘の状況を再現した展示館があり、貝塚のわかりやすい解説を映像で観ることができる。他に市内の遺跡から出土した考古資料を展示する資料館もある。縄文時代の人々の暮らしに思いを馳せてみよう。土・日曜・祝日はまが玉つくり等の体験ができる。
丘陵の斜面に無数の穴が開いた奇観で、百穴として古くから知られていた。明治20年(1887)からの発掘調査で古墳時代末期の横穴古墳群と判明し、大正12年(1923)に国の史跡に指定。現在穴は219確認されている、日本最大級の横穴古墳群だ。数カ所の穴には緑色の光りを放つヒカリゴケ(天然記念物)が見られる。構内の埋蔵文化財センターでは勾玉作りができ、子どもたちに人気。
日本最初の通貨「和同開珎」誕生の元となった、銅が採掘された遺跡。敷地内には大きな貨幣のモニュメントが設置され、撮影スポットになっている。また、ときの朝廷への和銅献上に縁が深いと伝えられる聖神社もすぐそばに。神社の敷地内には貴重な和銅関連の鉱石類が展示されている。
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