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豪族仁科氏が、伊勢内宮を勧請して祭った御厨[みくりや]神社で、創建は1100年ごろ。神明造[しんめいづく]りの本殿は20年ごとに遷宮[せんぐう](新築)されてきたが、江戸時代に松本藩の祈願所になり、寛永13年(1636)の遷宮以降は部分補修となったため、神明造りでは日本最古の建築物で国宝に指定されている。また、永和2年(1376)からの棟札27枚、銅製御正体掛仏16面は国の重要文化財。宝物館入館(料金:300円、時間:9~16時、休館日:なし)では棟札・御正体など展示している。
市東部の山間にある曹洞宗の古刹。応永11年(1404)、仁科氏の祈願寺として開基。江戸時代に震災で全焼し、幕末に再建。庫裡の古木の桁組みに往時の姿が偲ばれる。山門は嘉永5年(1852)に建てられたもので、長野県宝に指定。山門前には八徳水と呼ばれる名水が湧く。境内のオハツキイチョウ(市天然記念物)は、子宝のお守りとしてその珍しい葉を持ち帰る人が多い。
八坂地区の中心部から少し離れた山林内にある小さな寺。創建は平安時代中ごろ。地方豪族仁科盛家が治承3年(1179)に、木曽義仲に従って京に上がる際に安置したといわれる十一面千手観音像が本尊。脇侍の持国天、多聞天を含む3体は平安後期の彫刻様式に優れ、国の重要文化財。
平安時代に創建されたと伝えられ、後に紀州那智権現の若一王子を勧請して豪族仁科氏が鎮守とした神社。境内にある江戸中期建築の三重の塔と観音堂が神仏習合の姿を今に伝える。国重要文化財指定の本殿は、弘治2年(1556)の造営で江戸時代に改修、江戸期の作風も取り込まれた建築だ。7月第4日曜の例祭奉祝祭では稚児行列・神輿・舞台が町を練り歩き、少年の射手による流鏑馬神事が古式ゆかしく奉納される。
大町市の郊外、蓮華大橋近くの山側の森に位置する古刹。長い参道の両側には約100体の石仏が点在。本堂は安曇平誕生の泉小太郎[いずみこたろう]伝説を秘めた洞穴の山を背にしており、別名、窟観音[いわやかんのん]とも呼ばれている。飼馬息災の霊験があるとされ、奉納草競馬が行われていたが、現在は5月下旬に観音橋近くの馬場で観光草競馬として催されている。
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