白峯神宮
幕末動乱の日々、孝明天皇は崇徳[すとく]天皇の御神威を仰がれようとしたがまもなく崩御。明治天皇は維新の礎を固めるために、父帝・孝明天皇の御意思を継がれて明治元年(1868)に御創建し、続いて淳仁天皇を合祀した神社。この地は蹴鞠[けまり]の宗家飛鳥井[あすかい]家の邸宅跡で、精大明神(蹴鞠の神)が祀られており、サッカーをはじめ、スポーツ関係者の参詣も多い。7月7日の精大明神祭(七夕祭)には「小町をどり」と「蹴鞠」が奉納される。
- 「今出川駅」から徒歩10分/「鞍馬口駅」から徒歩17分
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幕末動乱の日々、孝明天皇は崇徳[すとく]天皇の御神威を仰がれようとしたがまもなく崩御。明治天皇は維新の礎を固めるために、父帝・孝明天皇の御意思を継がれて明治元年(1868)に御創建し、続いて淳仁天皇を合祀した神社。この地は蹴鞠[けまり]の宗家飛鳥井[あすかい]家の邸宅跡で、精大明神(蹴鞠の神)が祀られており、サッカーをはじめ、スポーツ関係者の参詣も多い。7月7日の精大明神祭(七夕祭)には「小町をどり」と「蹴鞠」が奉納される。
鞍馬山で修行した牛若丸(源義経)が、奥州平泉へ旅立つにあたり道中の安全を祈願したという伝説が残る。金売吉次の屋敷の神社ともいい、もとは内野八幡宮という名であったが、このとき以来首途八幡宮と呼ばれるようになったという。首途とは出発という意味。出発を祝う神社として旅行安全のお守りを授与している。まゆを俵型に重ねた繭守は、嫁に行くときタンスの中に入れておくと衣装持ちになれるのだそうだ。
天慶元年(938)に元三[がんさん]大師によって船岡山に創建されたが、元亀2年(1571)に織田信長の焼き討ちを免れて現在地に移った。代々皇室の帰依が厚く、本堂は光格天皇の勅命により仙洞御所の一部を移築されたもの。紫式部の邸宅跡としても知られ、「源氏庭」には紫色のキキョウが咲く。節分の日に、3匹の鬼が剣や斧、槌をもって踊り、追儺使[ついなし]が紅白の豆を投げて鬼を追い払う、「鬼の法楽」[おにのほうらく]が有名。
本尊は閻魔法王。2.5m近くある巨像で、左右に検事役の司命[しめい]と、記録係の司録[しろく]を従える。5月1~4日のゑんま堂狂言は、壬生寺・嵯峨釈迦堂とともに京都の三大念仏狂言。この寺の狂言は他のもののように無言ではなく、台詞が入る。境内にはゑんま堂普賢象桜といわれる桜の名木、十重の石造紫式部供養塔(重要文化財)などがある。京のお盆の行事、「お精霊迎え」の寺としても知られる。2月20日から3月いっぱいまでは、つるし飾り、御殿雛を公開している。
参道に高さ1mの釘抜がある。心身の苦しみを抜いてくれる苦抜地蔵がなまって、釘抜地蔵と呼ばれるようになったという。苦しみがなくなると2本の釘と釘抜きを絵馬に張り付け奉納する。地蔵堂の四方は絵馬でいっぱい。安置されている釘抜地蔵菩薩は、弘法大師が自ら石に刻んだと伝えられる。国指定仏像4体があるのも見ごたえある。
延暦13年(794)、平安京の方位守護のために創建。方位を司る星神大将軍始め暦神八神を祀っている。御神像80体は国重要文化財。古天文暦資料は京都府指定文化財。
京都御所の西側、蛤御門の向かいに位置し、平安遷都に尽力した和気清麻呂公を祀る。かつて清麻呂公の災難を助けたというエピソードから、狛犬に替わって「狛イノシシ」が拝殿前に置かれている。
平安遷都にあたり、悲運の死を遂げた早良親王[さわらしんのう]の御霊を鎮めるため、桓武天皇が興したと伝わる。のちに、いずれも無念の死を遂げた井上内親王、他戸[おさべ]親王、藤原吉子ら6人と、火雷神を合祀、八所御霊[はっしょごりょう]とした。西の楼門をくぐると拝殿の奥に本殿が立ち、境内には応仁の乱発祥地の碑もある。心しずめのお社として知られている。
足利義満が明徳3年(1392)に創建。夢窓疎石を開山とし京都五山の第2位となった。創建当時は境内北の上御霊神社のあたりまで広がっていたが、応仁・文明の乱のほか度重なる火災や戦乱で焼失と復興を繰りかえした。重要文化財に指定されている法堂も4度の焼失を経て、慶長10年(1605)豊臣秀頼の寄進をうけ5度目に再建された建物。現存最古の法堂の天井には狩野光信筆『蟠龍図』が描かれ、決まった場所で手を打つと共鳴音が響くことから『鳴き龍』として知られている。春(3月下旬~6月上旬)と秋(9下旬~12月上旬)の2回の特別拝観時、春・秋には、法堂、方丈、浴室または開山堂を見学できる。
室町中期、「なべかむり日親[にっしん]」といわれた日親上人が開いた日蓮宗の古刹。上人が将軍足利義教に法華経の教えに基づく政治を求め逆鱗にふれ、灼熱した鍋を頭にかぶせられる拷問にあう。迫害や投獄に耐えた上人に信仰を寄せる者は多く、本阿弥清信(光悦の祖父)もその一人で、その縁で本阿弥家の菩提寺となる。本堂、仁王門、開山堂、多宝塔などは天明8年(1788)の大火で焼失したが、寛政8年(1796)以降、伽藍が整備された。書院前の巴の庭(名勝)は本阿弥光悦の作、また長谷川等伯の佛涅槃図(重要文化財)を所蔵する。
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