瑞峯院
臨済宗大徳寺派の大本山大徳寺の塔頭の一つ。キリシタン大名の大友宗麟[おおともそうりん]の天文4年(1535)に創設。表門(重要文化財)、本堂(重要文化財)は創建当初の遺構。方丈裏の閑眠庭[かんみんてい]は、枯山水の庭を横ぎるようにして7個の石で十字架が表されている。
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臨済宗大徳寺派の大本山大徳寺の塔頭の一つ。キリシタン大名の大友宗麟[おおともそうりん]の天文4年(1535)に創設。表門(重要文化財)、本堂(重要文化財)は創建当初の遺構。方丈裏の閑眠庭[かんみんてい]は、枯山水の庭を横ぎるようにして7個の石で十字架が表されている。
京都三大祭の一つ「葵祭」で知られる京都の最古の社。およそ2600年前、本殿の背後に位置する秀峰・神山に降臨した賀茂別雷大神を祀ったことが始まり。天武天皇の御代白鳳6年(677)に山背国により賀茂神宮が造営され、現在まで殆ど変容することのない社殿の基が築かれた。平安京遷都後は皇城鎮護の神として、全国の神社の中でも伊勢の神宮に次ぐ官幣大社の筆頭に列せられた。23万坪の境内全域が世界文化遺産。本殿・権殿は国宝、そのほか41棟が国指定重要文化財。
五山の送り火の一つがある船山の麓に佇む。鎌倉時代に創建され、伏見城の遺構である本堂・方丈(重要文化財)には狩野山楽の襖絵(重要文化財)や、血天井の廊下がある。庭は比叡山を借景とする見事な枯山水。
大徳寺の塔頭の一つ。国宝の檜皮葺の方丈(本堂)を取り巻く枯山水の庭園(国指定史跡・特別名勝)は、蓬莱山から大海へ至る水の流れが、石組みや砂利で表現されていて見事。書院の拾雲軒は国指定重要文化財。方丈内は狩野元信筆と伝わる花鳥図(国指定重要文化財)などの襖絵で装飾されている。座禅の体験や抹茶(菓子付)300円も楽しめる。
元和2年(1616)、日蓮宗の日乾上人[にちけんしょうにん]が本阿弥光悦の発願で創建した。数百人の学僧が学ぶ鷹峰檀林として栄えた。今は江戸前期の名妓・吉野太夫ゆかりの寺としても知られる。吉野太夫は諸芸に秀でた名妓で、「吉野門」と呼ばれる山門は太夫が寄進したもの。境内には、太夫を偲んで植えられた吉野桜や、太夫の墓があり、太夫の夫である豪商、灰屋紹益[じょうえき]との比翼塚がある。桜約120本、紅葉200~300本程あり、四季を通じてさまざまな花が咲く花の寺としても有名だ。
疫病鎮めの神様として知られる。平安遷都後に疫病が流行したため、朝廷は神輿を船岡山に安置して疫神鎮静を図り、長保3年(1001)にはこの地に神殿を造営し新しい社との意味で今宮と号した。現社殿は明治時代の再建。毎年4月第2日曜には、疫神社の疫神を鎮める「やすらい祭」が営まれる。鬼を従えた行列が「やすらい花や」と囃しながら踊る。行列の中心は季節の花で飾られた風流傘、この傘の下に入れば1年間病気をしないといわれる。
臨済宗大徳寺派の大本山大徳寺の塔頭の一つ。表門と本堂(方丈)は、ともに国の重要文化財に指定されており、大徳寺最古の建築。四方を趣の異なる4つの庭に囲まれている。方丈の北に枯山水の龍吟庭[りゅうぎんてい]、南に苔が美しい一枝坦[いっしだん]の庭、東に東滴壺[とうてきこ]と呼ぶ坪庭がある。
安産や子授けのご利益で有名なため、妊産婦の参拝者が多い。安産御守の本体である稲藁に節があれば男児を、なければ女児を授かるという珍しい信仰が人気を集めている。また、境内の六勝[ろくしょう]神社は「六つかしいことに勝つ」とも読めることから、必勝、成功、開運、合格祈願の神様として崇敬される。
暦応4年(1341)、足利尊氏建立による足利家の菩提寺。初代尊氏から15代義昭まで歴代将軍の木像(5、14代を除く)を安置する霊光殿がある。夢窓疎石の作と伝えられる庭園は、東の心字池と西の芙蓉池の2つによって構成されている。特に書院から眺める西庭は石組がダイナミックで、池に架かる石橋など凝った造りになっている。
織田信長の偉勲をたたえて明治天皇が創建した神社。信長が初めて入洛したという10月19日には、船岡祭が催される。京都市街や東山三十六峰の絶景を見晴らす小丘の頂上に鎮座。まさに別天地。信長公所用の胴丸具足、信長公記、義元左文字の刃剣などの重要文化財がある。
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