
六孫王神社
清和天皇の六男を父とする源経基を祀る。清和源氏の祖となる経基は、六男の六と天皇の孫の意で、六孫王と呼ばれ八代後に源頼朝が生まれる。
- 「梅小路京都西駅」から徒歩8分/「東寺駅」から徒歩15分
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清和天皇の六男を父とする源経基を祀る。清和源氏の祖となる経基は、六男の六と天皇の孫の意で、六孫王と呼ばれ八代後に源頼朝が生まれる。
憧れの異性との出会いを成就させる、縁結びの神様として女性を中心に信仰を集めている。道祖神をかたどった愛の土鈴は良縁だけでなく、カップルの永遠の愛を呼び込むとか。交通安全の神としても知られている。
仁安元年(1166)、この地に別邸を構え西八条御所とした平清盛公が、邸宅内の鎮守社として建立。
東寺の北側の櫛笥小路[くしげこうじ]に面してある、東寺の塔頭の中でも最も格式の高い寺院。桃山時代書院造の客殿(国宝)は慶長10年(1605)の再建で、上段の間には宮本武蔵筆と伝えられる水墨画『鷲の図』がある。客殿の東側には本尊・五大虚空蔵菩薩を安置する本堂、客殿北側には茶室・楓泉観も立つ。
応永年間(1394~1427)に行阿上人が開山した古刹。古くから女性の悩みごと、願いごとにご利益がある祈願所として知られてきた。婦人病や女性全般にご利益がある女性の御守などが販売されている。また、人形供養の寺としても知られ、人形を随時受け付けている。
高さ55mの国宝・五重塔で知られる東寺の正式名は「教王護国寺」。平安遷都の際に創建された官寺を弘仁14年(823)に空海が嵯峨天皇より賜り、真言密教の根本道場とした。土一揆で伽藍のほとんどを焼失したが、室町末期~江戸初期にかけて再建。本堂である国宝の金堂を中心に、国指定重要文化財の南大門と講堂、昭和初期再建の食堂が一直線に並ぶ伽藍配置は創建当時の特徴を残している。境内には、国宝・御影堂(大師堂)、宝蔵、宝物館なども立ち並び、講堂の曼荼羅を立体化した21体の仏像は圧巻。宝物館は春と秋に公開、五重塔の特別公開も要確認。
四条新京極にあり、染殿皇后が本尊の地蔵菩薩に祈ったところ、のちの清和天皇が誕生したという寺伝から、安産守護の信仰を集める。安産御祈祷・安産お守りの授与あり(受付時間:10~18時、無休)。QRコードで動く朱印300円や幸運・安産マスコット親子犬1500円なども。
伊邪那岐[いざなぎ]と伊邪那美[いざなみ]の息子である金山毘古神[かなやまひこのかみ]がご祭神。剣や刀などの武具、農耕具などの金属をはじめ、お金に関してのご利益も大きいと人気がある。
足利義満が明徳3年(1392)に創建。夢窓疎石を開山とし京都五山の第2位となった。創建当時は境内北の上御霊神社のあたりまで広がっていたが、応仁・文明の乱のほか度重なる火災や戦乱で焼失と復興を繰りかえした。重要文化財に指定されている法堂も4度の焼失を経て、慶長10年(1605)豊臣秀頼の寄進をうけ5度目に再建された建物。現存最古の法堂の天井には狩野光信筆『蟠龍図』が描かれ、決まった場所で手を打つと共鳴音が響くことから『鳴き龍』として知られている。春(3月下旬~6月上旬)と秋(9下旬~12月上旬)の2回の特別拝観時、春・秋には、法堂、方丈、浴室または開山堂を見学できる。
慶長11年(1606)に建立。浄土宗総本山知恩院に属する。三代目住職に可愛がられていた猫の恩返しで寺が栄えたという伝説から「猫寺」とよばれる。
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