
中上健次資料収集室
熊野を舞台にした作品を多数残した芥川賞作家、中上健次の著書などを所蔵。新宮市立図書館3階にあり、閲覧は要予約。
- 「新宮駅」から徒歩7分
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熊野を舞台にした作品を多数残した芥川賞作家、中上健次の著書などを所蔵。新宮市立図書館3階にあり、閲覧は要予約。
東京・神田駿河台の文化学院の創設者であり、建築家、芸術家でもあった西村伊作が、大正3年(1914)に、自ら設計して建てた自邸。家父長制の息づく時代に、家族本位の間取りが日本の近代住宅の先駆例として知られる。国重要文化財。
東くめは日本で初めて口語体による童謡を作詞した人。作曲家の滝廉太郎とのコンビで、『鳩ぽっぽ』『お正月』など不朽の名作を多数残した。新宮の名誉市民であり、新宮駅前に『鳩ぽっぽ』の歌碑が建てられている。
江戸時代から昭和にかけて、熊野川流域の産物の交易の場所として、熊野川河口川原には簡易住宅川原家が建ち並び賑わっていた。川原家は、川が増水すると折り畳んで町に引き揚げ、水が引くとすぐ組み立てて元の町を復元。明治から昭和の最盛期には宿屋など300軒以上が商いを行っていた。その川原家を模した店が並ぶのが、熊野速玉大社に隣接する観光施設・川原家横丁。毎週土・日曜、祝日には、かつて熊野信仰を全国各地に広めた熊野比丘尼の絵解きを再現。地元語り部ガイドが、新宮の歴史や伝説などのみどころを解説してくれる。
熊野速玉大社に伝わる室町時代を中心とした中世の国宝神宝類凡そ1200点を所蔵、その一部を展示。そのほとんどが国宝に指定されている。蒔絵手箱や彩絵檜扇、足利義満公奉納の金銅を用いた鎌倉造りの神輿、天皇陛下の衣冠束帯(正装)の際身につける「玉佩[ぎょくはい]」、胸にさげた古式の守り袋「懸守[かけまもり]」など美術的価値だけではなく、当時の風俗や熊野信仰を知る上で重要な至宝が伝わっている。
島全体が沼の上に浮いている不思議な森。面積は約5000平方mで、増水すると森全体が浮き上がってくるという。森の中には遊歩道があり、歩くと足元に揺れを感じる。また、北方系植物と亜熱帯系植物の混生群落があり、寒帯性のオオミズゴケ、温帯性から亜寒帯性のヤマドリゼンマイなど、130種類もの植物が自然混生している。
熊野川を見下ろす高台にある公園。新宮城(丹鶴城)は寛永10年(1633)に完成し、浅野氏2代、水野氏10代と続いた三万五千石の居城だった。名前は、築城前に源為義の娘である丹鶴姫が開いた東仙寺があったことから。太平洋をよく見渡せるため沖見城とも呼ばれた。明治時代に城はとり壊されたが、表面を美しく加工した切石で積む算木積み[さんぎづみ]の石垣が残っている。熊野川沿いの水ノ手からは水野氏の経済活動を示す炭納屋群が発見されている。国史跡「新宮城跡附水野家墓所」。
全国熊野神社の総本宮として崇敬が厚く、孝謙天皇の御世に「日本第一大霊験所 根本熊野大権現」の勅額を賜る古社。熊野速玉大神(父神)、熊野夫須美大神(母神)を中心に十八柱の天神地祗を祀り、生きる力をもう一度戴く「甦りの宮」として有名。10月15・16日に行われる例大祭は、国の重要無形民俗文化財に指定。参道にそびえる樹齢1000年の御神木 椰・なぎは、「世界平和の木」として手を合わす人が絶えない有名な熊野のシンボル。また1000点の国宝古神宝を所蔵、一部を熊野神宝館で展示。特に御神徳の高い御守として熊野牛王宝印、椰守、直霊守[なおひまもり]、甦り守が有名。
緑に囲まれた施設に湧き出す温泉は、紀伊半島では珍しい淡い乳白色の湯。露天風呂は林に面し、野趣に富む造り。大浴場には徐福伝説ゆかりの天台烏薬を使った薬草風呂もある。温泉水の持ち帰りもできる(1リットル10円)。
奥深い神秘的な熊野の山々に囲まれた熊野川町にある道の駅。自然と歴史が一体となり、美しい景観の育まれた町で、名勝・瀞峡や宝龍滝鼻白の滝など滝が多くみられる。「かあちゃんの店」では、地元の野菜を使った煮物や揚げ物などの定食、郷土料理の「なれずし」や「めばり寿司」など、手作りならではのあたたかな味わいが楽しめる。
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