不破八幡宮
文明年間(1469~87)に、土佐一条氏の祖教房[のりふさ]が幡多[はた]の総鎮守として京都の石清水[いわしみず]八幡宮を勧請して建てたといわれる。三間社流造[さんげんしゃながれづくり]の柿葺[こけらぶき]の本殿は永禄元年(1558)の再建で、重要文化財。10月初旬(体育の日直前の土・日曜)の大祭で神輿[みこし]を突き合わせる神事が行われる。
- 「中村駅」から徒歩12分
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文明年間(1469~87)に、土佐一条氏の祖教房[のりふさ]が幡多[はた]の総鎮守として京都の石清水[いわしみず]八幡宮を勧請して建てたといわれる。三間社流造[さんげんしゃながれづくり]の柿葺[こけらぶき]の本殿は永禄元年(1558)の再建で、重要文化財。10月初旬(体育の日直前の土・日曜)の大祭で神輿[みこし]を突き合わせる神事が行われる。
四万十市街西側の古城山にある市民公園。一條氏の家老だった為松氏の居城・中村城跡だが、現在はわずかに石垣が残るのみ。山頂からは中村地区の町並みが碁盤目状に見え、約500本もの桜の名所としても知られる。一條氏ゆかりの品など、幡多郷土のさまざまな資料を展示する郷土博物館もある。
四万十川の河口近くにある日帰り入浴施設。やさしい緑に囲まれた露天風呂の湯は、目の前の雄大な太平洋から汲みあげた海水。内湯には温泉大浴槽の他に、漢方薬を使った薬湯、サウナなどがあり、ゆったりできる。
川の駅「カヌー館」の敷地内にあるキャンプ場。芝生に設置されたフリーサイトや20区画のオートキャンプ場、バンガローやログハウスなどがある。四万十川に沿って整備されているため、カヌーやラフティング、サイクリングなどのアクティビティも。バーベキューサイトも併設している。
慶長12年(1607)、土佐一條氏一門の霊を祭るために霊社が建てられ、文久2年(1862)正式に神社となった。藤見の御殿跡や御化粧の井戸など、境内には一條氏ゆかりの旧跡がある。毎年5月3日には、京都の葵祭にならった土佐一條公家行列を開催。大祭は毎年11月22~24日。
山内一豊の弟・康豊の居城であった中村城跡に建つ城の形をした博物館。桜の名所「為松公園」の一画に、愛知県の犬山城をモデルに建築されており、天守閣風の館からは、四万十川、東山を臨め、市街地を一望することができる。館内には、足摺金剛福寺中興の祖と呼ばれた高僧、南仏上人坐像(高知県指定文化財)や土佐一條家、中村山内家、幕末の志士・坂本龍馬らと親交があった樋口真吉、明治を代表する中村出身の社会主義者・幸徳秋水の資料などが展示されている。
用井温泉は、四万十川と広見川の合流点に位置する。一軒宿のホテル星羅四万十で、日帰り入浴も受け付けている。加温して使用する源泉は、17.5℃の冷泉で、ろ過循環式。内湯には男性用にスチームサウナ、女性用にミストサウナがある。
四万十川に架かる橋の一つ。上流に架かる沈下橋とは違い、四万十市街の県道346号上に造られたがっしりとした8連のトラスが連なる鉄橋。橋長437.6m、幅5.5mの曲弦結構様式と呼ばれるトラス橋で、大正15年(1926)の完成。昭和初期の南海大地震で一部が落下して復旧工事がなされ、昭和後期に歩道橋を架設して、従来の橋は自動車専用道になった。赤色に塗装されているため、通称「赤鉄橋」の愛称で親しまれ、街のシンボル的存在となっている。橋の袂には、完成を記念して建てられた「奪天工の石碑」も立つ。
四万十川河口に位置し、緑と海のコントラストが美しいキャンプ場。テントサイトは専用流し台付で料理の幅も広がる。施設内の展望台から太平洋を一望することができる。すぐ近くに温泉があることでも人気。
四万十川の中流域にあり、カヌーは初心者から中級者まで幅広く楽しめ、全国からリピーターが集まるポイント。レンタサイクル、釣りや遊泳をする事もできる。キャンプ場にはログハウス・バンガロー、近隣には民家を一軒貸切りにできる宿もある。地元漁師がとってきた四万十川の鮎や鰻・手長エビも鮎市場で購入でき、遊び・食事・宿泊を丸ごと楽しめるポイント。「星空の街」として環境省に指定されており、夜空を見上げれば満天の星空に感動。
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