根津神社
今から約1900年前、日本武尊[やまとたけるのみこと]が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社。宝永3年(1706)に徳川5代将軍綱吉が現在の社殿を奉建した。権現造りの壮麗な社殿、唐門、楼門などは重要文化財に指定されている。ツツジの名所としても名高い。
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今から約1900年前、日本武尊[やまとたけるのみこと]が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社。宝永3年(1706)に徳川5代将軍綱吉が現在の社殿を奉建した。権現造りの壮麗な社殿、唐門、楼門などは重要文化財に指定されている。ツツジの名所としても名高い。
創建は建仁2年(1202)。社殿の裏手には縄文時代後期の住居址が発見された、考古学的にも貴重な遺跡に立地。勝利の神と崇められることから、試験や試合など、勝負事の前に参拝する人が多いという。境内には、稲荷神社、富士神社、榛名神社の三社を祀る末社もある。
天日鷲命[あめのひわしのみこと]と日本武尊[やまとたけるのみこと]を祀る神社。毎年11月、開運を願って熊手を求める人々で賑わう「酉の市」が有名で、商売繁昌を始め学業成就や厄除けのご利益もあるとか。
千葉県成田市の大本山成田山新勝寺の東京別院であり、古くから「深川のお不動様」と親しまれてきた。開創は成田山のご本尊を江戸に特別拝観した、元禄16年(1703)とされる。大本山の御本尊は嵯峨天皇の勅願により弘法大師が一刀三礼敬刻開眼した不動明王の御霊像で、深川不動堂の御本尊である不動尊像は、それを勧請した御分身。大本山と同様、毎日お護摩を厳修し、諸願成就を祈念。開創310年記念事業として建立された新本堂には、御本尊の不動尊像のほかに「祈りの回廊」として小型のクリスタル五輪塔が約1万体も並ぶ。
「目黒のらかんさん」として多くの人々に親しまれてきた寺。江戸元禄時代に、仏師でもあった松雲元慶禅師により十数年かけて彫られた木造羅漢像305体は、木造釈迦三尊とともに東京都の有形文化財に指定。本堂や羅漢堂に安置された羅漢像はすべて表情やポーズが異なっている。寺宝や歴史資料が展示されている聖宝殿や予約すれば会席料理や精進料理が味わえるできるらかん亭、甘味を楽しめるらかん茶屋も併設。
大聖歓喜天[だいしょうかんぎてん]を祀る、浅草寺一山のお寺のひとつ。境内各所に、身体健全や良縁成就、家庭円満の象徴とされる大根や、商売繁盛を表す巾着のシンボルが見られる。毎年1月7日の大般若講・大根まつりでは、正月にお供えされた大根を調理したふろふき大根が振舞われ、多くの人々でにぎわう。
菅原道真公の子孫、大鳥居信祐公が寛文2年(1662)に建立。境内には御神牛など見どころ多数。また、“花の天神様”と呼ばれる通り、江戸時代から藤の名所として知られており、4月上旬から藤まつりが行われ多くの参拝者で賑わう。
かつて蛇窪村とよばれた地にあり、心願成就の白蛇様で知られる神社。主神は天照大御神。鎌倉時代に大干ばつに襲われて龍神社に雨乞いし救われたことからこの地に勧請したのが始まり。境内末社には、弁天池の石窟に、荏原七福神の一つである辨財天と、白蛇大神が祀られた白蛇辨財天社と蛇窪龍神社、大鳥居をくぐり境内に入った左手には京都伏見稲荷大社の分霊を勧請した法密稲荷社がある。お守りの「夢巳札」や「龍の御鈴」が人気。
寛治6年(1092)に源義家と澁谷氏の祖・河崎基家によって渋谷城内に祀られたのが始まり。神社名は八幡宮ゆかりの基家の孫・渋谷金王丸常光から。朱色が鮮やかな神門と社殿は、慶長17年(1612)の建立で渋谷区指定文化財。徳川家光の乳母春日局と教育役であった青山伯耆守忠俊が、家光の三代将軍就任を祈願し、その願いが成就したことから寄進したという。境内には、江戸三名桜の1つに数えられる「金王桜」がある。源頼朝が金王丸をしのんで植えたもので、代々植え継がれ守り継がれている。
明治14年(1881)に新吉原遊郭の四隅に祀られていた4つの稲荷社と、地主神である玄徳稲荷社の5つの稲荷社を合祀して創建。昭和10年(1935)に弁財天を合祀。新吉原遊郭の鎮守であり、長い間、吉原の歴史を見守ってきた社だ。当時の祭礼は花魁や太夫の道中行列で大いに賑わったという。遊女たちの信仰も篤く、幸せを祈る女性への御利益は大きいとか。
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