近江国一之宮 建部大社
景行天皇46年に創祀され、源頼朝が源氏の再興を祈願したといわれる古社。毎年8月17日には、大津三大祭の一つ、納涼船幸祭が行われる。
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景行天皇46年に創祀され、源頼朝が源氏の再興を祈願したといわれる古社。毎年8月17日には、大津三大祭の一つ、納涼船幸祭が行われる。
源義経の軍勢に敗れ、この地で討死にした木曽義仲[きそよしなか]を弔うために、義仲の側室だった巴御前[ともえごぜん]が建てた草庵が始まりという。松尾芭蕉がたびたび滞在したことでも知られ、芭蕉と義仲の墓が並んで立つ。境内(史跡)には芭蕉の句碑もある。
比叡山で厳しい修行を積んだ僧侶たちが隠居坊として暮らした延暦寺里坊の一つ。邸内には、八王子山を借景に滝や築山を配した約3300平方mの回遊式庭園が広がる。その中に2棟の茶室とあずまやが佇み、たっぷり植えられた木々、手入れの行き届いた苔が四季折々しっとりした風情をかもしだしている。庭園は国の名勝に指定されている。
東塔の中心であるだけでなく延暦寺の総本堂で、最澄が創建した一乗止観院の後身。現在の建物は織田信長の比叡山焼き討ち後、寛永19年(1642)に徳川家光により再建された。単層入母屋造、正面37m、側面24mの堂々とした建築。本尊薬師如来像の前には「不滅の法灯」が、開山以来1200年にわたり灯され続ける。
志那津彦命[しなつひこのみこと]、志那津姫命[しなつひめのみこと]、大宅公主命[おおみやけくにぬしのみこと]を祭る神社。毎年4月下旬~5月はじめ頃には、地面に着くほどに長く咲いたことから「砂擦りの藤」とよばれる藤が開花し、多くの参拝者が訪れる。
延暦11年(792)、この地を訪ねた最澄が霊夢を感じたことから、イチイの木に刻んだ十一面観音菩薩(重要文化財)を本尊として祭る。高さ3.3mの日本最大級の木造坐像で、11月3日の糖尿病の御加持ほか春、秋に特別公開される。
聖徳太子が百済人のために近江の仏教拠点として創建したと伝わる近江の最古級寺院で、湖東三山の一つ。近江西国・神仏霊場・百寺巡礼などの札所でもある。本尊「植木観音」は、韓国龍雲寺本尊と同木二体であったと伝わる。1000余の僧坊を構える壮大な寺院だったが、織田信長の焼討で壊滅。江戸時代初期に本堂、仁王門、山門などが再建された。国史跡の83haの広大な境内地は数万本の緑の樹木で覆われ、四季を通じ美しい。特にその秋景は「日本紅葉百選」にも選ばれ、寺社庭園として滋賀県下最大級の「天下遠望の名園」は見事。
六国史の日本三代実録に元慶元年(877)12月3日「授近江國正六位上油日神從五位下」という記述が見られ、元慶元年(877)以前の創立とわかる。中世以降は江洲に無穏大社と仰ぎ、甲賀郡(現在の甲賀市と湖南市を合わせた地域)の総社として甲賀武士(甲賀古士・甲賀忍者)達に信仰された。本殿・拝殿・楼門・東回廊・西廻廊はそれぞれ国指定重要文化財であり、室町時代の社殿群が揃って現存する。現在は社名の通り全国の油業界の信仰も集めている。白洲正子の著書『かくれ里』でも紹介され、近年は映画やドラマなどのロケ地として有名。
天平13年(741)に行基が開いた寺。湖東三山のひとつで、本堂(国宝)をはじめ二天門(重要文化財)や三重塔(重要文化財)などの文化財が並ぶ。行基の作と伝えられる本尊・聖観世音菩薩は住職一代につき1度のみの公開だが、重要文化財の指定を受けた仏像10数体が拝観できる。桃山~江戸中期に造られた庭園(名勝)は近江一と称される。
真宗大谷派本願寺別院大通寺は、「ごぼうさん」の名で親しまれている。桃山建築の本堂(重要文化財)と大広間(重要文化財)、伊吹山を借景にした枯山水庭園の含山軒[がんざんけん]庭園(名勝)、狩野山楽・山雪を代表として狩野派の画家が描いた障壁画などみどころが多い。
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