三津の渡し(港山の渡し)
三津と港山を結ぶ市営の渡し船。松山市道高浜2号の一部で約500年の歴史があり、地元住民や観光客の足となっている。付近には造船所や古い町並みがあり、古き良き港町の面影も残っている。船上から遠くに見える松山城も格別。テレビや映画等の撮影も数多く行なわれている。
- 「港山駅」から徒歩5分/「三津駅」から徒歩13分
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三津と港山を結ぶ市営の渡し船。松山市道高浜2号の一部で約500年の歴史があり、地元住民や観光客の足となっている。付近には造船所や古い町並みがあり、古き良き港町の面影も残っている。船上から遠くに見える松山城も格別。テレビや映画等の撮影も数多く行なわれている。
樹齢200~600年ほどのケヤキやトチノキの巨木を観察できる森林浴スポット。2kmほどの遊歩道を歩くと森の巨人たち100選に選ばれた「猪伏の大トチ」に出会える。
宇和島藩の在郷町として栄えた当時の町並みが残り、白壁の商家などが300mほど続く。白壁や卯建、出格子、半蔀[はじとみ]のある家などが幕末から明治の面影を伝える。シーボルトの高弟・二宮敬作の住居跡や高野長英の隠家跡などもある。
岩松は北灘湾に注ぐ岩松川沿いに開けた津島町の中心地。江戸時代から昭和初期まで内海航路の港として栄えていた。かつての大通りには、蔵造りの商家など、当時の面影を今に残す。作家獅子文六[ししぶんろく]が愛した町で、小説『てんやわんや』の舞台となった。
大島の北部、能島周辺の潮流を観潮船で体験できる。今治市村上海賊ミュージアム前から出航し、能島城跡でもある能島、船折瀬戸、見近島、伯方・大島大橋などの周辺をめぐる約30分のクルーズ。能島付近の宮窪瀬戸では、干満時に激しい潮流が見られ迫力満点。
電停大街道から松山城ロープウェイ東雲口駅舎まで続く通り。街灯や各店舗の看板などは統一されたデザインで、レンガ敷きの情緒ある通りだ。今治タオルや郷土料理の鯛めし店など、松山城観光の道のりを楽しませてくれる。毎年春に行われるお城まつりでは、大名・武者行列がここを練り歩き、毎年11月3日に行われる城山門前まつりでは歩行者天国になり愛媛の特産品、秋の味覚品が集まっている。松山商業高校の生徒によるパフォーマンスもあり、年々参加者が増え、現在では約3万人の人出で賑わっている。
日本三大急潮の来島海峡をめぐる観潮船。乗船券販売所がある「道の駅 よしうみいきいき館」そばの大島・下田水港から出航。45~50分をかけて、瀬戸内の多島美をはじめ、来島海峡大橋や今治の象徴でもある造船所群、村上海賊の居城跡「来島」などを船上から見学する。開閉式の屋根を通して見上げる来島海峡大橋の巨大な橋桁や、間近に見る来島海峡の激しい潮の流れはまさに圧巻だ。出航は2名からで予約がベター。
毎月第2・4日曜の朝8時から常磐町2丁目アーケード街で開催され、今治の名物行事となっている。露地栽培の野菜や果物など地場産の生鮮品をはじめ、備前焼も販売する。各露店とも品物がなくなり次第店じまいしてしまうので、早めに行くのがおすすめ。今治市街からも多数の買い物客が訪れる。
明治・大正時代に養蚕や製糸で栄えた職人町の面影を伝える小路。腰板張りの家並みが続き、なまこ壁の土蔵も建ち、南端には煙突のような大きな常夜灯「昭和灯」がそびえる。京都の町の風情を感じさせる通り。
江戸後期から大正にかけて建てられた町家や豪商の屋敷が軒を連ね、木蝋生産で栄えた町の面影を残す。黄土と漆喰で塗り込められた重厚な大壁や平入り造りが特徴。隣家との間に残る小道や水路は、土壁や石積などと相まって独特の路地空間を生んでいる。懸魚[げぎょ]や虫籠窓[むしこまど]など、家々の意匠も興味深い。重要文化財の大村家住宅、本芳我家住宅、上芳我家住宅を含む600mの通り一帯が重要伝統的建造物群保存地区。
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