愛染堂 勝鬘院
地元で「愛染さん」と親しまれる勝鬘院は、聖徳太子が四天王寺を創建した際に置いた施薬院の跡。慶長2年(1597)に豊臣秀吉が再建した重要文化財の多宝塔は、大阪市最古の木造建造物だ。縁結びの霊木・樹齢数百年の愛染かつらも必見。
- 「四天王寺前夕陽ケ丘駅」から徒歩4分/「恵美須町駅」から徒歩12分
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地元で「愛染さん」と親しまれる勝鬘院は、聖徳太子が四天王寺を創建した際に置いた施薬院の跡。慶長2年(1597)に豊臣秀吉が再建した重要文化財の多宝塔は、大阪市最古の木造建造物だ。縁結びの霊木・樹齢数百年の愛染かつらも必見。
水掛け不動さんでおなじみの浄土宗の寺院。苔むした不動さんに水を掛けてお願いすれば、商売繁盛や恋愛成就などにご利益があるといわれている。
奈良時代の天平年間(729~748)の創建といわれる。嘉吉の乱で将軍足利義教を殺した赤松満祐が、義教の首をこの寺へ葬った。その後、摂津守護細川持賢が義教を弔うとともに細川家菩提寺として再興。また境内で起こった、大和郡山藩の遠城兄弟と生田伝八郎との果たし合い「仇討崇禅寺馬場」も有名だ。結果は、伝八郎の弟子たちに返り討ちにされたという。境内には主人公・遠城兄弟の墓、足利義教の首塚、細川ガラシャ夫人の墓がある。
創建年月日は残っていないが、社伝によれば古来「難波下の宮」と称し難波一帯の産土神とされ、後三条天皇の延久年間(1069~1074)ごろから祇園牛頭天王[ごずてんのう]を祀ったとされる。1月の第3日曜には、御祭神の素盞嗚尊[すさのをのみこと]が八岐大蛇[やまたのおろち]を退治し、民衆の困苦を除いた故事に基づき始められたという綱引神事が行われる。昭和49年(1974)、現在の本殿の竣工とともに完成した「獅子殿」が圧巻で、舞台としても使われており、正月には神楽や居合道などが奉納される。
聖徳太子が建立した日本仏法最初の官寺。総面積3万3000坪、広大な広さを有する境内には、南から北へと中門、五重塔、金堂、講堂を一直線に並べ、回廊が囲む形式で、日本では最も古い建築様式の一つである四天王寺式伽藍のほか、創建当時の品々など多くの国宝・重要文化財を所蔵している。本坊庭園の極楽浄土の庭もあり、四季折々の風景を楽しむこともできる。また、聖徳太子を偲んで毎年4月22日に聖霊会が催される。聖霊会は1400年の歴史をもち法要と舞楽が一体となった舞楽四箇法要を今に伝え、国の重要無形民俗文化財の指定を受けている。
毎年1月9~11日の十日戎[とおかえびす]では約100万人の参詣があり、「えべっさん」の愛称で親しまれ商売繁昌、福徳円満の神として信仰を集める。創建は西暦600年。天照坐皇大御神[あまてらしますすめおおみかみ]、事代主命[ことしろぬしのみこと]ほか、三柱の神々をお祀りしている。
約800年前、浄土宗祖法然によって開山された寺院。「お骨仏[こつぶつ]の寺」として知られる。宗派を問わず納められた遺骨で阿弥陀如来像を作るしきたりは明治20年(1887)から行われ、戦前に6体を造立。その後戦災で焼失したが、その遺灰と、昭和22年(1947)までに納められたお骨を合わせて第7期のお骨仏を造立。現在は、第14期のものまで8体祠られている。一心寺シアター倶楽では、さまざまなイベントも開催。
働く女性や女性の自立を応援してくれる「阿迦留姫命[あかるひめのみこと]」を御祭神として祀る、「やりなおし神社」として話題。阿迦留姫命のやりなおし伝説にあやかった「献風台」や「はじまりの碑」などに向けた、多彩な御祈願の方法がある。1日限定や季節限定のものなど多彩なご朱印も人気。ご朱印受付のできない日があるため詳細はHPを要確認。
近畿でも有数の古い神社。摂津国[せっつのくに]一ノ宮として信仰され、禊祓[みそぎはらい]の神、海上安全の神として崇敬されてきた。住吉造と呼ばれる本殿の4棟が国宝、大海神社[だいかいじんじゃ]や石舞台、南門、楽所[がくしょ]が重要文化財に指定されている。本殿の南側には毎年6月14日に御田植神事が行われる御田がある。池に架かる反橋は通称太鼓橋といわれ、現在の橋脚は淀君の寄進だという。
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