上野山福祥寺(須磨寺)
仁和2年(886)開基の真言宗の古刹。正式には上野山福祥寺という。境内には義経の腰掛松や敦盛の首塚、弁慶の鐘など源平ゆかりの史跡や芭蕉などの文学碑が数多く点在する。宝物館では敦盛愛用の「青葉の笛」などを展示。
- 「須磨寺駅」から徒歩9分/「山陽須磨駅」から徒歩11分
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仁和2年(886)開基の真言宗の古刹。正式には上野山福祥寺という。境内には義経の腰掛松や敦盛の首塚、弁慶の鐘など源平ゆかりの史跡や芭蕉などの文学碑が数多く点在する。宝物館では敦盛愛用の「青葉の笛」などを展示。
聖徳太子が創建したと伝えられる古寺で、西国三十三所第24番札所。本堂や護摩堂などの堂宇は、豊臣秀頼が造営したものといわれる。約700有余体の羅漢像が並ぶ羅漢堂は壮観。本尊の十一面観音(重要文化財)は安産の観音様として知られ、毎月戌の日には、安産の腹帯を授かりに来る人で賑わう。
蓮如上人を開基とする、浄土真宗の別格寺院。本堂や大広間、経堂、庫裡、大門は兵庫県の重要文化財の指定を受けている。京都の本願寺から譲り受けた北集会所の建物は、新撰組が壬生から移って使用していたもので、テレビドラマのロケ地にもなった。歴史ファンなら見逃せない。
建立1800年以上の歴史を誇る神社で、恋愛成就のご利益があると名高い。気になる人や理想のタイプを「愛の手紙」に詳しく書き、「愛のポスト」に投函することで、恋愛が成就するといわれている。ほかにハートの絵馬で願掛けできたり、恋みくじが引けたりと、恋に悩む人に寄り添ってくれる。
清和天皇を祖に仰ぎ、名立たる武将を多く輩出した「清和源氏」発祥の地。源氏の霊廟とされ、一門や子孫からの崇敬も強く、鎌倉・室町・江戸の各幕府からも手厚い保護を受け、本殿・拝殿(国指定重要文化財)は徳川四代将軍家綱公による再興。とくに勝運のご利益があるとされ、スポーツ選手・団体の参拝も多い。
聖徳太子創建の寺と伝わる。養老2年(718)に七堂伽藍が整い、太子信仰が高まった鎌倉・室町の全盛期には300カ坊を数えた。鶴林寺公園の緑に囲まれた境内に立ち並ぶ国宝の本堂と太子堂、国指定重要文化財の常行堂、鐘楼、行者堂、護摩堂は平安~室町期に造られたもの。宝物館には、国の重要文化財に指定されている白鳳時代の銅造聖観音立像など数々の寺宝を展示。
その昔、清少納言や上田秋成も歌に詠み、『日本書紀』にも登場する由緒ある古社。繁華街に立つ朱色の鳥居が印象的。縁結び・商売繁盛・健康長寿・勝利勝運の神として人々に親しまれ、社の奥にある緑豊かな生田の森は市民たちの憩いの場だ。神戸の町の守り神として厚い信仰を集めている。
大化2年(646)、孝徳天皇の勅願によりインドの高僧法道仙人が開創された古刹。本尊は、お釈迦さまが42歳の厄年に自ら感得造顕されたと伝わる十一面観音で、古来厄除招福の秘仏として信仰されている。また、弘法大師が唐より帰朝の際、釈迦の生母・摩耶夫人像を日本に請来され、この寺に奉安。以来、子宝と安産を願う女性の信仰を集め、安産腹帯発祥霊場として知られている。境内の天空の大舞台からは、淡路島や明石海峡大橋が眼下に一望できる。
秀吉の正室北政所の別邸跡と伝えられる。沙羅樹園[さらじゅえん]と呼ばれる庭には樹齢300年といわれる沙羅双樹の大木があり、6月中旬には椿に似た白い花をつける。
梅の木公園の近くに位置する、第十五代応神天皇・第十六代仁徳天皇の時代にはすでに梅の名所といわれていたという古社。祭神は伊奘冊尊。尼崎の伝説「なにわの梅」の神社であると伝わり、境内には「傳史蹟 難波の梅」の碑も立つ。熊野三山を参詣する熊野詣の通り道に建立された熊野神社のうちの第一社で、熊野詣の休所として多くの人々が立ち寄った。境内には24種、68本の梅が植えられており、2月下旬から3月上旬に開花する。
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