大窪寺
徳島との県境に近い山間にある四国霊場第88番札所。遍路を締めくくる結願[けちがん]の寺で、奇岩に覆われた胎蔵ケ峰[たいぞうがみね]を背景に本堂と多宝塔が立ち、山水画を想わせる風情ある佇まいだ。
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徳島との県境に近い山間にある四国霊場第88番札所。遍路を締めくくる結願[けちがん]の寺で、奇岩に覆われた胎蔵ケ峰[たいぞうがみね]を背景に本堂と多宝塔が立ち、山水画を想わせる風情ある佇まいだ。
この地の長者・和気道隆は放った矢で倒れた乳母を供養するため薬師如来の小像を刻む。後に、弘法大師が薬師如来像を刻み、胎内に小像を納め本尊に。眼なおし薬師さまで有名。
本島の中央部山頂に立つ真言宗大本山。神亀年間(724~729)に聖武天皇の勅願で創建されたと伝わる格式ある寺だ。讃岐が生んだ高僧の一人で、平安時代に京都・東寺の長者も務めた理源大師(聖宝)の生誕の地でもある。多くの寺宝を収蔵することで知られ、33年ごとに開帳(次回は2034年)される本尊の聖観音菩薩像をはじめ、不動明王像、毘沙門天像は重要文化財。寺宝拝観(料金:志納)は事前に連絡を。毎年7月第3日曜の夏まつりには、湯加持や荒行の火渡りの修行が行われる。
奈良時代に開創。重要文化財に指定されている毘沙門天王像が寺宝である。延命地蔵が本尊、水子供養の寺、毎年1月21日に近い日曜に「初大師大護痺供養」厳修。
屋島の対岸、五剣山[ごけんざん]中腹にある四国霊場第85番札所。天長6年(829)弘法大師の創建と伝わる。境内の背後に五剣山がそびえ、本堂横の聖天[しょうでん]堂の本尊・歓喜天は弘法大師作で日本最古とも言われている。商売繁盛や縁結び、家内安全、学業成就などのご利益がある「八栗のお聖天さま」と呼ばれ、霊験あらたかなことで有名。
静かな森の中で地元出身の英霊3万5800余柱を祀る。戦没者遺品を納めた史料館(入館無料)もある。
日本最大の溜池、満濃池を鎮護する寺。周辺には桜が数多くあり、満濃池森林公園は桜の名所として知られる。近年は紅葉をはじめ四季折々の花で参拝者を迎えてくれる。
四国霊場第67番札所。寺伝では熊野三所権現鎮護[くまのさんしょごんげんちんご]のために東大寺末寺として、天平14年(742)に建立され、延暦11年(792)に弘法大師が巡錫[じゅんしゃく]、弘仁13年(822)嵯峨帝勅願によって再興されたとされ、地元では小松尾寺の名で親しまれている。真言宗と天台宗の修行道場として栄え、境内に大師堂と天台師堂があるのはその名残り。現在の本堂は寛保元年(1741)の再建、仁王門に安置された高さ3mを超える木造金剛力士像は運慶作といわれ、四国霊場で最大のものだ。弘法大師のお手植えという樹齢1200年の大楠、カヤの木も見ておきたい。
弘法大師が大同2年(807)に建立したと伝えられる四国霊場第70番札所。鎌倉後期建立の国指定重要文化財の二王門をくぐると、境内には大師堂や十王堂、大日堂などの堂宇が立ち並び、大寺の風格が漂う。正面に立つ鎌倉後期の正安2年(1300)に建てられた寄棟造、本瓦葺きの本堂は国宝。左手に堂々立つ五重塔は、明治43年(1910)に完成したものだ。
金刀比羅宮御本宮から、さらに583段の石段を登った所にある。御祭神は厳魂彦命[いづたまひこのみこと]で、江戸期に金毘羅大権現別当金光院主だった金剛坊宥盛大人[こんごうぼうゆうせいうし]を祭っている。
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