外濠公園(白鳥路)
金沢城公園の石川門から大手堀方向へと続く散歩道。徳田秋声、室生犀星、泉鏡花の三文豪像や白鳥像など、21体もの彫刻が行き交う人を出迎えてくれる。
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
金沢城公園の石川門から大手堀方向へと続く散歩道。徳田秋声、室生犀星、泉鏡花の三文豪像や白鳥像など、21体もの彫刻が行き交う人を出迎えてくれる。
天神橋から中の橋の左岸にある約600mの道。ここは、浅野川大橋のたもとに生まれた泉鏡花が幼い頃を過ごした場所であり、また、天神橋は鏡花の小説『義血侠血[ぎけつきょうけつ]』の舞台になったところでもある。途中にはゆるやかに弧を描く木造の梅ノ橋が架かる。人が通るために渡された風情ある橋で、そのたもとには『義血侠血』のヒロイン・滝の白糸の碑と像が立っている。
天正9年(1581)、能登の領主となった前田利家は、七尾南湾に面した平山城の小丸山城を築城。奥能登方面からの攻撃に備えて真宗以外の各宗派29の寺を集めて、出城の機能をもたせた。妙観院や長齢寺など16カ寺が現在も残り、これら寺院を巡る遊歩道として整備されているのが「山の寺瞑想の道」。路傍に佇むお地蔵様、見え隠れする寺の甍[いらか]に導かれながら、四季折々の風情を見せる散策路をのんびり歩いてみたい。すべて回ると約2km、所要2時間。
湖のように波が穏やかな九十九湾で運航する遊覧船の一つ。のと海洋ふれあいセンター下を出発し、顔面岩や蓬莱島など九十九湾のみどころを巡る約40分のコース。大きな生簀で行われる魚の餌付けショーが人気を集めている。特別グラスで天然魚を見られるのも格別。遊覧船の揺れが少なく、船酔いの心配もないのでぜひ。
主計町には平行する小さな坂が2つある。1つはかつて旦那衆が茶屋街へ密かに通ったという暗がり坂。もう1つはあかり坂。ずっと名称がなかったが、住民が金沢ゆかりの作家五木寛之氏に名付けを依頼。平成20年(2008)に命名され、新名所に。
能登半島の能都町の富山湾に面した東西1km、南北1.5kmの小さな湾。大小の入江が続くリアス式海岸で、海岸線は13kmも。入江が九十九を数えるとして九十九湾の名があり、日本百景の一つに数えられる。湾の中央にはスダジイに覆われた蓬茉島が浮かび、弁財天が祀られている。海岸線には九十九湾遊歩道や石川県のと海洋ふれあいセンターが整備され、ホテルやキャンプ場なども点在。湾内では遊覧船が運航し、箱庭のような海岸線美を楽しめる。
文政3年(1820)に町割を改めお茶屋を集めたのが始まり。伝統と格式を誇り、文人や裕福な商人たちの社交場で、芸妓たちも琴・謡曲・茶の湯など、京都の祇園に並ぶ洗練された芸を身に付けていた。石畳の通りの両側には細かい木虫籠と呼ばれる格子のはまった家々が軒を連ね、情緒たっぷり。お茶屋は一見[いちげん]さんはお断りだが、夕方になると三味線や太鼓の音が静かに流れてくる。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定。
第2・4水曜と正月三が日(1月1~3日)を除き毎日立つ市は、輪島塗りと並ぶ輪島の名物。河井町の朝市通りには、夜明けとともに近在の町から鮮魚や野菜を運んできた人が次々と露店を出し、朝8時頃には160軒近くの店が並ぶ。売り手はいずれも農家や漁師のおかみさんたち。鮮魚や野菜のほか、乾物、洋服、骨董・民芸品など商品も実にバラエティ豊かだ。
室町時代の物々交換から始まったといわれる飯田の朝市。飯田町の繁華街・大町通りで開催され、毎月2と7の付く日に市が立つので、別名を「二・七の朝市」という。能登では輪島の次に賑わいを見せるといわれるが、露店も2~3軒、多いときで5~6軒ほどと規模はそれほど大きくない。ここでは民芸品や土産品などは見られず、キュウリ・トマト・大根といった野菜類を中心に、花や漬物などといった生活密着型の品物が並んでいる。地域に根ざした市で、その分素朴な雰囲気が楽しめる。
能登金剛の景観を海上から堪能できる遊覧船。日本海の荒波が数千年かけて侵食した穴が圧巻の巌門や高さ27mの塔状の鷹の巣岩、義経と弁慶が囲碁を楽しんだと伝わる碁盤島など、能登金剛の奇岩や荒々しい景観は迫力満点。所要約20分。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。