氷室小屋
玉泉湖畔に立つかや茸き小屋で平成22年(2010)に建て直し、平成27年(2015)にかやを葺き替えた。かつて江戸時代には氷室小屋に雪を貯蔵し、夏、将軍家に献上していた。今でも大寒に雪を詰め、6月末にそれを取り出す氷室開きが行われている。
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玉泉湖畔に立つかや茸き小屋で平成22年(2010)に建て直し、平成27年(2015)にかやを葺き替えた。かつて江戸時代には氷室小屋に雪を貯蔵し、夏、将軍家に献上していた。今でも大寒に雪を詰め、6月末にそれを取り出す氷室開きが行われている。
国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている主計町茶屋街の一角、中の橋袂にあるこぢんまりとした公園で、ベンチやトイレがあり、散策途中の一服に便利。藩政時代に金沢城を取り囲んでいた、広い堀と高い土居で外敵の侵入を防ぐ防御施設・惣構が築かれていた場所で、金沢市指定史跡・金沢城惣構跡の西内惣構跡主計町緑水苑内遺構として平成22年(2010)に惣構の一部が復元された。高さ約3mの土居からは公園全体を見渡せ、公園入口には泉鏡花の小説『化鳥』の文学碑も立つ。
兼六園内にある歴代藩主の別荘。かつては噴水前にあり明治初期に取り壊されたが、平成12年(2000)に再現。ゆったり腰を下ろして庭園を眺めながら、煎茶310円や抹茶730円(ともに和菓子付)が味わえる。
加賀藩の中級武士、高田家の屋敷跡。復元された重厚な長屋門が見もの。長屋門はその名の通り長屋付きの門で、厩と仲間部屋、納屋が備わっている。
金沢城公園の兼六園に面する、国重要文化財指定の豪壮な城門。金沢城の裏口に立つ搦手[からめて]門だったもので、高麗門の一の門、櫓門の二の門に、続櫓と2層2階建ての石川櫓で構成された枡形門だ。櫓門の上部の渡櫓や左右に続く海鼠壁の太鼓塀には、隠し鉄砲狭間や石落としなどを備え、櫓の屋根には鉛の瓦が葺かれた。瓦が白っぽいのもそのため。宝暦9年(1759)の宝暦の大火で焼失し、天明8年(1788)に再建され、平成26年(2014)には約8年をかけた全面補修工事が終了。加賀百万石の金沢城のシンボルとしての堂々とした姿を見せて人気を呼んでいる。
加賀百万石前田家を代表する建造物。文久3年(1863)、13代齋泰が12代奥方、真龍院のため、兼六園に造営した。大名の風格と数奇を併せ持つ稀有な書院造で、庭園と共に国の重要文化財。長さ約20m、1本の柱も無いつくしの縁から眺められる庭園や極彩色の花鳥が欄間・障子腰板・ギヤマンに描かれるなど奥方の御殿にふさわしい意匠を凝らした造りだ。
卯辰山中腹の木立の中にある。幼い頃に母を亡くした鏡花が、よく遊んだ卯辰山を眺めながら詠んだ「はゝこひし夕山桜峰の松」という句が刻まれている。
文政3年(1820)に町割を改めお茶屋を集めたのが始まり。伝統と格式を誇り、文人や裕福な商人たちの社交場で、芸妓たちも琴・謡曲・茶の湯など、京都の祇園に並ぶ洗練された芸を身に付けていた。石畳の通りの両側には細かい木虫籠と呼ばれる格子のはまった家々が軒を連ね、情緒たっぷり。お茶屋は一見[いちげん]さんはお断りだが、夕方になると三味線や太鼓の音が静かに流れてくる。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定。
金沢のひがし茶屋街の入口近くにある休憩所。江戸時代の町家を再生した建物で、箱階段や蔀戸など、昔ながらの造りを見学できる。観光パンフレットの提供のほか、観光ボランティアガイド「まいどさん」が常駐しており、ひがし茶屋街界隈のガイドを無料でしてくれるのでぜひ利用したい。
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