長瀬高浜遺跡
弥生時代から中世に造られた巨大複合遺跡。遺跡で見つかった埴輪が、本来古墳ではない場所で発見されたことで注目される。現在、1号墳が移転復元されている。
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弥生時代から中世に造られた巨大複合遺跡。遺跡で見つかった埴輪が、本来古墳ではない場所で発見されたことで注目される。現在、1号墳が移転復元されている。
元弘3年(1333)、隠岐の島を脱出した後醍醐天皇が無事に名和湊(現在の御来屋港)へ到着した際、しばらく腰掛けたと伝わる岩。30年前までは海中にあったが、漁港の改修により海から引き上げられ、現在では海面から1.4mの陸の上に祀られている。
石谷家の分家で、明治期に建てられた町家と見事な日本庭園が見学できる。『伊豆の踊り子』や『青い山脈』で知られる地元出身映画監督・西河克己の記念館も併設され、映写機やポスターなどを展示している。国の登録有形文化財に登録されている。
戦国武将・吉川[きっかわ]広家が築城に着手。慶長6年(1601)、関ケ原の戦いの行賞として伯耆国を与えられた中村一忠が完成。山陰随一の名城といわれたが、明治になり建物は取り壊され、現在は石垣や礎石が残る。標高90mの湊山山頂からは中海や米子市街、大山が見晴らせ、360度の絶景として知られている。城跡を含む一帯は湊山公園として整備。桜の園や日本庭園、スポーツ・文化施設などがある。中海沿いの遊歩道からは夕日が美しい。
江戸時代、米子藩の城下町として、また山陰随一の商都として栄えた米子。その江戸から明治にかけての面影が残るエリア。国重要文化財に指定されている後藤家などの商家や白壁の土蔵がある加茂川沿いの通り、9つの寺が並ぶ寺町通りなど、下町風情を満喫できる。桜の季節は特に良く、加茂川・中海遊覧船に乗れば川上からの風情も格別。
海とくらしの史料館の隣に広がる公園。文久3年(1863)、幕末の有事に備えて築かれた鳥取藩台場8カ所のうちの一つで、国の史跡に指定されている台場跡を中心に整備されたものだ。園内には明治28年(1895)に開設された山陰最古の木造灯台が復元されているほか、島根県美保関との間をつなぐ境水道大橋を展望するポイントにもなっている。春は250本が咲き誇る桜の名所。
弥生時代後期から古墳時代中頃の集落跡(史跡)で、住居100戸以上の大規模なもの。発掘後に埋め戻し、史跡公園として公開している。園内の福市考古資料館(料金:無料、時間:9時30分~16時30分、休み:火曜、祝日の翌日、電話:0859-26-3784)では市内からの出土品や考古資料が見られる。
弥生時代から中世にかけての巨大複合遺跡。弥生時代から奈良時代の竪穴住居址や掘立柱建物、井戸などの生活の跡が200棟以上、弥生時代から奈良時代、そして中世の墓が300基以上発掘された。中でも直径33mの円墳である1号墳からは、ほぼ完全な形で女性の埋葬遺骨が発見され、話題を呼んだ。現在は、移転復元された1号墳のみ見学ができる。
900棟以上の建物跡や30基を超える墳丘墓などが発掘されており、弥生時代の集落遺跡としては国内屈指の規模を誇る。現在は、集落が最も栄えていた頃の景観が再現されている。ボランティアガイドによる遺跡案内や土・日曜、祝日には火起こしや勾玉づくりなどさまざまな体験ができる、「お気楽 弥生気分」を楽しめる。また、日曜と祝日の11時から、予約不要で発掘現場を再現した発掘体感ひろばではっくつ体験も行っている(5~11月)。
明治時代の酒蔵を改装した魚のはく製史料館。700種類のはく製は全て中身のない本物。海のギャング「ホホジロザメ」や深海からの使者「リュウグウノツカイ」、かわいい巨体「マンボウ」が展示してあり、撮影もOK。キッズスペースもある。
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