延暦寺
天台宗の総本山。東塔・西塔・横川に、約150余りの堂塔が点在する。延暦7年(788)に伝教大師最澄[でんぎょうだいしさいちょう]が小堂を建て、一乗止観院[いちじょうしかんいん]と称したのが始まり。国宝・重文も多数所蔵し、平成6年(1994)、世界文化遺産に登録された。国宝根本中堂は平成28年(2016)から令和12年(2030)に亘る大改修を行っている。ただし、改修中も堂内拝観は可能。
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天台宗の総本山。東塔・西塔・横川に、約150余りの堂塔が点在する。延暦7年(788)に伝教大師最澄[でんぎょうだいしさいちょう]が小堂を建て、一乗止観院[いちじょうしかんいん]と称したのが始まり。国宝・重文も多数所蔵し、平成6年(1994)、世界文化遺産に登録された。国宝根本中堂は平成28年(2016)から令和12年(2030)に亘る大改修を行っている。ただし、改修中も堂内拝観は可能。
滋賀県と京都府の境にある岩間山嶺上にあり、養老6年(722)に元正天皇の勅命により泰澄大師によって開かれた。境内には日本随一の桂の大樹郡があり、特に「長寿桂」は樹姿・大きさともに圧巻。本尊は、「汗かき観音」「雷除観音」「ぼけ封じ厄除観音」として親しまれている。西国三十三所十二番札所。
景行天皇46年に創祀され、源頼朝が源氏の再興を祈願したといわれる古社。毎年8月17日には、大津三大祭の一つ、納涼船幸祭が行われる。
大津京を開いた天智天皇を祭神とし、大津京跡隣接地に鎮座。約20万平方mの境内には、朱塗りの楼門のほか、昭和造や近江造と称される拝殿、本殿が立ち並ぶ。また楼門を入った左手には、漏刻[ろうこく](水時計)を設けて初めて時刻制度を確立した天智天皇にちなんで造られた、時計館宝物館や、漏刻、日時計などもある。百人一首かるた名人戦などかるたの聖地としても知られる。建物の多くは登録有形文化財に指定されている。天智天皇が困難な中で日本の運命を開いていかれたことから、開運の神と崇敬されている。
元和元年(1615)、天海僧正が建立。天台座主の御座所だったことから、滋賀院御殿とも呼ばれていた門跡寺院。高い石垣と白壁が特徴で、約2万平方mの敷地内には宸殿[しんでん]、書院、庫裡[くり]などが並んでいる。宸殿の西側には、小堀遠州の作庭と伝えられる池泉観賞式庭園がある。桃山時代の金碧画『桜之図』をはじめ、渡辺了慶の障壁画など貴重な文化財も所有。
比叡山で厳しい修行を積んだ僧侶たちが隠居坊として暮らした延暦寺里坊の一つ。邸内には、八王子山を借景に滝や築山を配した約3300平方mの回遊式庭園が広がる。その中に2棟の茶室とあずまやが佇み、たっぷり植えられた木々、手入れの行き届いた苔が四季折々しっとりした風情をかもしだしている。庭園は国の名勝に指定されている。
延暦寺西塔の中心となる堂。最澄自作と伝わる本尊釈迦如来を安置することから、一般に釈迦堂の名で呼ばれる。信長の焼き討ち後の文禄4年(1595)、豊臣秀吉により近江の園城寺(三井寺)の金堂が移築されたもの。鎌倉時代の建築で、山内では最古の建物。
源義経の軍勢に敗れ、この地で討死にした木曽義仲[きそよしなか]を弔うために、義仲の側室だった巴御前[ともえごぜん]が建てた草庵が始まりという。松尾芭蕉がたびたび滞在したことでも知られ、芭蕉と義仲の墓が並んで立つ。境内(史跡)には芭蕉の句碑もある。
延暦寺東塔地域の根本中堂から、東海自然歩道を30分ほど歩いた所にある。杉木立のなかに転法輪堂(釈迦堂)、常行堂[じょうぎょうどう](重要文化財)と法華堂(重要文化財)、瑠璃堂(重要文化財)、浄土院、高さ約10mの相輪塔などが立つ。所要1時間。
上坂本・下坂本・葛川の寺領を有する延暦寺に仕え、行政に携わった山門公人衆。この公人衆が江戸時代に住んだ屋敷を見学できる。主屋は表門や米蔵などのある大型民家。大津市指定文化財に登録。
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