中島閘門
中島閘門は扉の開閉で上流と下流の水位差を調節する、いわば水のエレベーター。その仕組みはパナマ運河の水門と同じで、国の重要文化財。
- 「越中中島駅」から徒歩10分/「粟島駅」から徒歩14分
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中島閘門は扉の開閉で上流と下流の水位差を調節する、いわば水のエレベーター。その仕組みはパナマ運河の水門と同じで、国の重要文化財。
日本海に面した黒部川扇状地の扇端部に位置する平安時代から鎌倉時代初期の遺跡。荘園の荘所跡ではないかと推定され、中国製の青磁や木簡などが出土していることなどから、昭和54年5月に国指定の史跡となった。園内は公園として整備され、散策しながら住居跡などを見学できる。
菅野家は明治初頭に5代伝右衛門が北海道との通商などで財を築き、高岡政財界の中心的存在として活躍した。明治33年(1900)の大火直後に再建された大規模な町家で、土蔵造りの重厚な外観と繊細な内部が大きな魅力である。
約300年前に加賀藩の塩硝上煮役[えんしょうじょうにやく]を務めた家で、合掌造り最大の家屋。建物は間口26.4m、奥行12.7m、高さ14mの威容を誇る。内部は総ケヤキ造りの5階建てで、3~5階は養蚕作業場。明治時代までは35人もの大家族が暮らした。1階には、加賀藩の巡視役人が宿泊した書院の間などもある。
1660年頃の建築とみられる、4階建ての合掌造民家(重要文化財)。囲炉裏を囲んで、当主が五箇山の歴史やこきりこ唄などについて詳しく話してくれる。予約をするとコキリコ踊りを鑑賞できる(有料、要問合せ)。
室堂平の一角、室堂園地に立つ宝篋印塔[ほうきょういんとう]。立山の登拝者や登山者など、室堂で遭難し亡くなった人々を供養するため建てられたもので、高さ約3mの大きな供養塔だ。5月中旬までは雪で埋もれて見られない場合もある。
藤子不二雄○A先生の代表作のひとつである「プロゴルファー猿」の世界観をモチーフにしたまちなかのフォトスポット。大壁面に描かれた立山連峰に向けてスーパーショットを放つ等身大の主人公・猿谷猿丸の立体像(モニュメント)は、これまでどこにも無かったもので、作品の設定を忠実に再現している。
この流刑小屋は御縮小屋といい、江戸時代に加賀藩の流刑地として8ケ所あった流刑小屋の一つ。昭和38年(1963)の豪雪で倒壊したため、現在あるのは、昭和40年(1965)に復元されたもので、間口2.8m、奥行3.6mの小さな茅葺き造り。入口の柱には、20cm角の食事差し入れ口が開けられ、ここから食料を罪人に与えていた。
この遺跡は縄文時代中期の竪穴式住居跡であり、発見された22棟中の1棟は、ほかの住居の4~5倍の大きさで、集会所のような公共の建物だったと考えられている。現在、3棟の住居が復元されており、当時の集落の仕組みや生活の様子がわかる。入口の休憩舎には、発掘された石器や解説パネルを展示している。
黒部峡谷トロッコ電車の途中(柳橋駅-森石間)に、赤い頭巾をした石仏がある。天然の岩が仏様のお姿に似ていることから名づけられ、入山者は安全を祈願したという。黒部峡谷鉄道沿線内、車窓展望のみ(事前に車内放送で案内あり)。
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