
仏石
黒部峡谷トロッコ電車の途中(柳橋駅-森石間)に、赤い頭巾をした石仏がある。天然の岩が仏様のお姿に似ていることから名づけられ、入山者は安全を祈願したという。黒部峡谷鉄道沿線内、車窓展望のみ(事前に車内放送で案内あり)。
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黒部峡谷トロッコ電車の途中(柳橋駅-森石間)に、赤い頭巾をした石仏がある。天然の岩が仏様のお姿に似ていることから名づけられ、入山者は安全を祈願したという。黒部峡谷鉄道沿線内、車窓展望のみ(事前に車内放送で案内あり)。
海商の町、岩瀬にある北前船回船問屋で、国の重要文化財に指定されている。明治11年(1878)に建てられ、最盛期の繁栄を偲ばせる豪壮な構え。玄関から裏の船着き場に通じる土間廊下に沿って母屋、土蔵などが配され、船荷はこの土間を通って土蔵へ運ばれた。また道具蔵の扉に施された家紋と竜虎の鏝絵[こてえ]も見事だ。所要30分。
日本海に面した黒部川扇状地の扇端部に位置する平安時代から鎌倉時代初期の遺跡。荘園の荘所跡ではないかと推定され、中国製の青磁や木簡などが出土していることなどから、昭和54年5月に国指定の史跡となった。園内は公園として整備され、散策しながら住居跡などを見学できる。
「神通おろし」とよばれる強風が吹き荒れる標高345mの猿倉山。戦国時代に山城が築かれた地で展望台がある。麓の駐車場から約450段の石段を上るごとに広がるパノラマビューは絶景のひとこと。頂上や展望台では、神通峡や富山平野はもとより、晴れた日は富山湾や能登半島までも一望できる。
武田信玄の弟、逍遙軒信綱[しょうようけんのぶつな]の子孫と伝わる豪農の居宅。寛政年間(1789~1801)頃に建設された肝煎住宅そのままの姿を現在に伝えている。間口、奥行きともに約21m、建築面積457平方mに及ぶ大規模な建築物で高い天井の梁組みやこの地方特有の屋根形式が特徴。肝煎とは江戸時代の世話役のこと。国指定重要文化財。
約300年前に加賀藩の塩硝上煮役[えんしょうじょうにやく]を務めた家で、合掌造り最大の家屋。建物は間口26.4m、奥行12.7m、高さ14mの威容を誇る。内部は総ケヤキ造りの5階建てで、3~5階は養蚕作業場。明治時代までは35人もの大家族が暮らした。1階には、加賀藩の巡視役人が宿泊した書院の間などもある。
キュポラは鋳造の過程で使用されていた溶鉱炉。大正13年(1924)から平成12年(2000)まで稼動していた煙突とキュポラが現存している。金屋町における、鋳造技術近代化の歴史を物語る貴重な文化財。
西鐘釣山麓の大きな岩陰に安置されている三体の仏像。暴れ川として有名な黒部川の安全祈願として祀られている。黒部峡谷鉄道宇奈月駅から乗車約60分で鐘釣駅。
金屋町は加賀前田家2代当主・前田利長公が、慶長16年(1611)に鋳物師7人を招いて鋳物場を開かせた高岡鋳物発祥の地。金屋町通りには「さまのこ」と呼ばれる千本格子の家並みと、銅片の敷き込まれた石畳が美しい佇まいを見せている。
平成21年(2009)3月、藤子不二雄○A先生の生家に「忍者ハットリくん」「怪物くん」「プロゴルファー猿」「笑ゥせぇるすまん」の石像がお目見え。高さは漫画内と等身大の1.4~1.7m。
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