龍馬通り
坂本龍馬やその同志たちが歩いた道として知られ、長崎歴史探訪路として整備されている坂道。寺町通りの深崇寺と禅林寺の間から、亀山社中跡を経て風頭公園までの石段まじりの500mほどの細い坂道で、長崎市亀山社中記念館となっている龍馬創立の「亀山社中」の跡までは案内板をたどり約6分で到着。途中の案内板や道標はよく整備されており、記念館そばの龍馬のぶーつ像からは長崎市街の眺めがいい。
- 「新大工町駅」から徒歩7分/「諏訪神社駅」から徒歩8分
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
坂本龍馬やその同志たちが歩いた道として知られ、長崎歴史探訪路として整備されている坂道。寺町通りの深崇寺と禅林寺の間から、亀山社中跡を経て風頭公園までの石段まじりの500mほどの細い坂道で、長崎市亀山社中記念館となっている龍馬創立の「亀山社中」の跡までは案内板をたどり約6分で到着。途中の案内板や道標はよく整備されており、記念館そばの龍馬のぶーつ像からは長崎市街の眺めがいい。
世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産である西彼杵半島西岸の集落。宣教活動が直接あったこの地には、江戸初期に多くの潜伏キリシタンが存在。村役もキリシタンで、「お帳」と呼ぶ組をつくり、祈りの言葉「オラショ」を唱え、指導者「ジヒサマ」のもと密かに洗礼や葬儀を行っていた。明治12年(1879)にド・ロ神父が赴任して潜伏は終わりを迎えた。出津漁港から出津川流域の山の斜面一帯にかけて広がる集落には、固有の埋葬方法がとられた墓地や代官所跡、庄屋屋敷跡のほか、仮の聖堂跡、ド・ロ神父建立のカトリック出津教会(出津教会堂)などが点在。段々畑や家の塀などに多くの石積みの石垣や石塀が見られ、「長崎市外海の石積集落景観」として国の重要文化的景観にも選定されている。
人々は、花街へ「行こか戻るか」と思案しながら思案橋を渡り、この思切橋の前で決意を固めた。このことから名づけられた。
南山手レストハウス脇から大浦天主堂横を通る階段道。幅は狭いが、下りは大浦天主堂の側壁と教会の尖塔、その先に長崎港が広がる絶好のビュースポット。作家・遠藤周作が「葡萄の香りがする」と好んだ場所と言われている。
島原半島と天草の間にある早崎海峡には、野生のバンドウイルカ約300頭が生息。船上から観察できる観光船では、人懐っこいイルカの群れに大接近する。運が良ければイルカの親子も見られる。
佐世保港そばの一角で、毎朝3時から開かれる佐世保朝市。とれたての魚介類や野菜・果物を中心に、乾物・漬け物・日用品・切り花なども販売。店舗が出揃う5~6時ごろが狙いめ。屋根付きなので雨でも安心。第2・4土曜(午前6時30分開始)は一般の人も参加できるセリ市も開催される。
九十九島パールシーリゾートの桟橋から出航。白い帆船風の船体で、208ある九十九島南部の島々を約50分かけて遊覧する。眺めのよい3・4階のデッキに上って、九十九島の自然を満喫しよう。バリアフリーの船内には、ドリンクコーナーや売店がある。
場内を流れる全長6kmの運河を運航するクルーザー。ウェルカムエリアとタワーシティの2カ所に乗降所があり、移動手段だけでなく水上観光として人気。夜には「光と噴水の運河」をクルージングすることも可能。
中通り商店街は、江戸中期から続く長崎でも最も古くからある商店街。一見普通のお店に見えるところが、実は明治時代から続く老舗ということも。老舗菓子に雑貨、骨董、八百屋、ファッションなど約400m続く通りに約130軒ものお店がひしめきあっている。
世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産の1つとして登録された西彼杵半島西岸の出津集落。出津文化村は、出津集落のド・ロ神父関連の史跡や施設などが集まったエリアのこと。最初に訪れたいのは、バス停出津文化村近くにある長崎市外海歴史民俗資料館。資料館前には作家・遠藤周作ゆかりの沈黙の碑がある。文化村のほぼ中心にはド・ロ神父記念館。隣接して神父が私財を投じて建てた授産・福祉施設の旧出津救助院も。ここからド・ロ神父の設計・施工の出津教会堂までは神父や遠藤周作が歩いた歴史の道が通じ、途中にはド・ロ神父ゆかりの井戸も見られる。資料館から教会堂まで徒歩10分。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。