落柿舎
ひなびた茅葺き屋根の庵は、松尾芭蕉の高弟である向井去来[むかいきょらい]の草庵跡。芭蕉も訪れ「嵯峨日記」を著した。草庵の玄関にはかつての主の在宅を告げた蓑と笠がかけられ、庭には俳句の季語となる草木とともに去来や芭蕉などの句碑が立ち、投句箱もある。登録有形文化財。
- 「トロッコ嵐山駅」から徒歩7分/「嵐山(京福)駅」から徒歩15分
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ひなびた茅葺き屋根の庵は、松尾芭蕉の高弟である向井去来[むかいきょらい]の草庵跡。芭蕉も訪れ「嵯峨日記」を著した。草庵の玄関にはかつての主の在宅を告げた蓑と笠がかけられ、庭には俳句の季語となる草木とともに去来や芭蕉などの句碑が立ち、投句箱もある。登録有形文化財。
江戸時代から続く大庄屋であった上野家の屋敷を改修し活用した施設。江戸時代に建てられた茅葺き民家を再生保存した屋敷の見学ができる。農村体験イベントやツアー、蔵を使った展示会、地域の観光情報も提供。
古来より絹織物の産地だった与謝野町加悦地区には、江戸期から昭和初期の建物が今なお残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定された「ちりめん街道」がある。その街道沿いに文久3年(1863)に建てられた屋敷。尾藤家は代々大庄屋を務め、生糸ちりめん問屋として、また北前船をもつなどして繁栄した。
鳥居本には、茅葺屋根の民家が数多く残っており、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている。保存館は明治時代初期に建てられた民家を当時の姿のまま公開しており、建物や内装そのものが展示物となっている。また、昭和初期の鳥居本の町並みを再現した模型も展示している。
もとは八条宮家の別荘として江戸初期に造営された。完成に多くの年月を費やし、竹やぶに囲まれた6万9000平方mの敷地には、苑池を設け、松琴亭、賞花亭などの茶亭や書院を配している。庭園と建築の総合美は、世界的に知られる。参観は許可制。所要時間約1時間。
中央に地蔵菩薩、向かって左に阿弥陀如来、右に十一面観音という珍しい配置。地蔵菩薩の額には白毫を嵌めた跡が残っている。弘長2年(1262)の作で、当尾の石仏最古。
酒造業、廻船業、糸問屋など幅広く商売をする一方で、宮津藩の財政や町政にも深く関わっていた豪商の屋敷。美しい白壁の風格ある建物で、茶室や座視観賞式庭園もある。主屋は外壁・柱や垂木を壁土や漆喰で塗り込めた大壁造りを用いて、徹底した防火構造になっている。カフェを併設し、“楽しめる文化財”として音楽ライブや踊り披露会など各種発表会や講演会などの会場、フォトウェディングや七五三、各種撮影会等にも利用できる。
詩仙堂への道筋にある松の木。宮本武蔵と、足利将軍家の剣道指南役を務めた吉岡清十郎の門弟が決闘した場所と伝わり、「宮本・吉岡決闘之地」の碑が立つ。もとは比叡山への道標として植えられたという。
後水尾上皇により、万治2年(1659)に造営された離宮。比叡山の裾野に広がる広大な敷地に、松並木で結ばれた下離宮、中離宮、上離宮という3つの庭園が配されている。表総門を入った所が下離宮で、数寄屋造の寿月観[じゅげつかん]がある。続く中離宮は、華麗な装飾が施された客殿が見事で、天下の三棚の一つの霞棚も忘れずに見たい。上離宮は、浴龍池を中心に茶屋を配した大庭園。山腹に立つ隣雲亭からの眺望はすばらしい。ぜひ訪れたい洛北随一のスポット。
秦氏の墓と考えられている京都市屈指の古墳。7世紀初頭の前方後円墳で、巨石を積んだ横穴式石室が露出している。玄室の長さは約7m。
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