備中国分尼寺跡
聖武天皇の勅願によって、国分寺と共に建立された尼寺の跡(国指定史跡)。南北225m、東西108mという寺域に、南大門・中門・金堂・講堂の建物が一直線に配置され、アカマツ林の中に20数個の礎石が往時のまま残されている。
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聖武天皇の勅願によって、国分寺と共に建立された尼寺の跡(国指定史跡)。南北225m、東西108mという寺域に、南大門・中門・金堂・講堂の建物が一直線に配置され、アカマツ林の中に20数個の礎石が往時のまま残されている。
江戸末期、銅山とベンガラの原料となるローハの製造で巨万の富を築いた豪商の邸宅。城郭を思わせる立派な構えに当時の繁栄ぶりがうかがえる。2階建ての母屋、3棟の土蔵、桜門、長屋、石垣は文化2年(1810)の建築。庭園には水琴窟もある。映画『八つ墓村』のロケ地になったところとしても有名だ。ベンガラ館から広兼邸へ行く途中には、笹畝坑道[ささうねこうどう]があり、銅山を掘った跡もみることもできる。
約200年前に建てられた藩家老格、160石取りの渡辺家の屋敷。白壁に囲まれた敷地は250坪、長屋門、母屋、土蔵などが残る。質素な造りが印象的。
幕末の洋学者、箕作阮甫が13歳までを過ごした生家。昭和51年(1976)に母屋、勝手、中庭、井戸など幕末の町家が忠実に復元され、国の史跡に指定されている。土蔵には箕作家の家系図も展示。
足守地区約300戸のうち約100戸が、漆喰壁・虫籠窓などをもつ江戸時代の伝統的家屋の姿をとどめており、今も陣屋町の面影が残る。侍屋敷や豪壮な旧足守商家藤田千年治邸、備中足守まちなみ館など(いずれも9時~16時30分、月曜・祝日の場合は翌日休み)、見どころも多い。
江戸時代中期から後期にかけて、近習役や番頭役などを務めた武士の住宅。松山城下の武家屋敷としては寺院建築や数寄屋風の要素を取り入れた珍しい造りで、市の重要文化財に指定されている。
市街地北端の臥牛山に築かれた山城で、美濃の岩村城、大和の高取城とともに日本三大山城の一つ。今も山上には堅牢な石垣がそびえ威風堂々たる佇まいだ。天守、二重櫓、土塀の一部が現存し、国の重要文化財に指定されている。現存天守の中で唯一の山城で標高430mにあり、二の丸からは高梁市街の景色を見下ろせる。天守1階には囲炉裏と装束の間が、2階には御社壇がある。天守裏から通じる二重櫓は2層2階建ての構造で高石垣も圧巻。雲海が出る時期は9月下旬~4月上旬の明け方から8時頃まで。特に10月上旬~12月上旬の朝と日中の気温の差が大きい場合に濃い朝霧ができる。
昭和46年(1971)までベンガラ製造を続けた片山家(胡屋)の屋敷。銘木をふんだんに用いた座敷や、通り土間に面した店の間、台所などがある2階建ての母屋と、ベンガラ製造の作業場や蔵が、国の重要文化財に指定されている。
平成28年(2016)春に、鉄道のあゆみやしくみを「見て、さわって、楽しく学べる」津山まなびの鉄道館としてオープン。旧津山扇形機関車庫は、国内で現存する扇形機関車庫の中で2番目の規模を誇る。転車台は、岡山県内唯一の現役転車台として使用され、旧津山扇形機関車庫と転車台は近代化産業遺産・鉄道記念物・推薦産業遺産に認定されている。機関車庫には1両のみで製造されたデイーゼル機関車「DE50-1」やデゴイチの愛称で親しまれた「D51-2」など、貴重車両を13両展示している。
近代化遺産に指定されている吉岡(吹屋)銅山の坑道の一つ。戦国時代から銅山として知られ、昭和47年(1972)まで黄銅鉱と磁硫鉄鉱を産出した。約320mにわたって坑道が復元され、江戸時代の手掘りの跡が残る内部を見学できる。
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