因島公園
土生港[はぶこう]背後の天狗山を中心に広がる瀬戸内海国立公園。瀬戸内の多島美がすばらしい。園内には小林一茶をはじめ、若山牧水、司馬遼太郎など著名な文学者の碑が並ぶ遊歩道つれしおの石ぶみや鯖大師と呼ばれる弘法大師像などみどころも多い。
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土生港[はぶこう]背後の天狗山を中心に広がる瀬戸内海国立公園。瀬戸内の多島美がすばらしい。園内には小林一茶をはじめ、若山牧水、司馬遼太郎など著名な文学者の碑が並ぶ遊歩道つれしおの石ぶみや鯖大師と呼ばれる弘法大師像などみどころも多い。
爆心地から460mの位置で被爆し、かろうじて西校舎が残った袋町小学校。資料館はその西校舎の一部を保存して建てられたもので、当時の被災者が安否を知らせるために書いた壁の伝言など、貴重な資料を展示している。
平和記念公園内にあり、正式名称は広島平和都市記念碑という。原爆犠牲者の霊を雨露から守りたいという気持ちから埴輪の家型に設計され、昭和27年(1952)8月6日に建立。石室には30万8725人(2017年8月6日現在)の原爆死没者の名簿が納められ、正面には「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」という碑文が刻まれている。
緑の木々を背景に、朱の色も鮮やかにそびえる五重塔の建立は、応永14年(1407)と伝えられている。高さ27m、唐様と和様の建築様式が美しく調和し、ひときわ目を引く。初層の内部は完全な唐様で、柱の上部には、金襴巻きの装飾画、壁には、極彩色の仏画が描かれている。
壇ノ浦の合戦で幼い安徳天皇を抱いて入水した清盛の妻・二位の尼(平時子)の遺体は、宮島の有之浦に流れ着いたといわれる。その二位の尼を偲んで有之浦に建てられた燈籠。
平清盛は音戸の瀬戸開削の折、人柱の代わりに一字一石の経石を海底に沈めて難工事を達成したとされる。その功徳をたたえ、供養のため元暦元年(1184)に建立された。
最盛期には100人の遊女がいたと言われる御手洗地区最大のお茶屋跡。土塀には薩摩から持ち帰った桜島の溶岩が練り込まれ、座敷の天井には屋久杉が用いられるなど、きらびやかな場にふさわしい贅沢な造り。
天正17年(1589)に毛利輝元が築城した城。鯉城[りじょう]とも呼ばれる。かつて国宝に指定されていた天守閣は、原爆投下によって倒壊。現在の5層天守閣は昭和33年(1958)の再建で、内部は武具の展示や武家文化、城下町広島を学べる歴史博物館になっている。近隣には広島城二の丸復元建物、広島城三の丸商業施設がある。
幕末から明治の人々に影響を与えた「日本外史」の著者、頼山陽が青年時代に過ごした屋敷が歴史資料館に。館内には風雅な庭園や茶室も備えている。
1600年前古墳時代の藻塩づくりの遺構を発掘時の状態で復元展示したもの。藻塩の島、蒲刈ならではの遺跡。古代の藻塩づくり体験もできる。要予約5名まで5000円、以降1人1000円。体験の問合せは080-6304-0197松浦まで。
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