天皇寺
弘法大師が弥蘇之場[やそのば]において霊感を得て、ほとりにあった木で十一面観世音菩薩を刻み堂宇を建立。弘法大師は三体の仏、十一面観世音菩薩、阿弥陀如来、愛染明王を刻む。保元の乱に敗れた崇徳上皇がこの地で崩御する。この地は崇徳天皇御鎮座所[すとくてんのうごちんざしょう]となる。
- 「八十場駅」から徒歩5分
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弘法大師が弥蘇之場[やそのば]において霊感を得て、ほとりにあった木で十一面観世音菩薩を刻み堂宇を建立。弘法大師は三体の仏、十一面観世音菩薩、阿弥陀如来、愛染明王を刻む。保元の乱に敗れた崇徳上皇がこの地で崩御する。この地は崇徳天皇御鎮座所[すとくてんのうごちんざしょう]となる。
本島の中央部山頂に立つ真言宗大本山。神亀年間(724~729)に聖武天皇の勅願で創建されたと伝わる格式ある寺だ。讃岐が生んだ高僧の一人で、平安時代に京都・東寺の長者も務めた理源大師(聖宝)の生誕の地でもある。多くの寺宝を収蔵することで知られ、33年ごとに開帳(次回は2034年)される本尊の聖観音菩薩像をはじめ、不動明王像、毘沙門天像は重要文化財。寺宝拝観(料金:志納)は事前に連絡を。毎年7月第3日曜の夏まつりには、湯加持や荒行の火渡りの修行が行われる。
天平13年(741)、聖武[しょうむ]天皇の勅願で行基が開いたという寺。四国霊場第80番札所だ。一帯は国の特別史跡に指定され、仁王門から本堂(重要文化財)へ向かう途中に七重塔や金堂の礎石が残る。寺の背後に整備された讃岐国分寺跡の遺構や復元家屋も見ておきたい。
奥の院にある大師堂は玉依御前[たまよりごぜん]が弘法大師である空海を出産したと伝わる産屋跡。唐の国より修業後、空海が開山した最初の真言宗の根本霊地でもある。敷地面積8万坪を誇り、境内が海に面した珍しい寺で夏は海水浴やバーベキューで賑わう。日本全国から集められた花木(アジサイや竹、桜、萩など)で四季折々の自然が楽しめる「まんだら園」も魅力的。毎月28日10時から行われる護摩には全国から大勢の信者が集う。四国別格二十霊場18番札所、四国三十六不動霊場31番札所、讃岐十二支霊場卯年守り本尊文殊菩薩札所。
弘法大師が宝珠を山中に埋めて開山し、後に智証大師が霊木に千手観世音菩薩を刻んで本尊として安置。北には崇徳上皇の御陵があり、参道には源頼朝が建立したと伝わる、上皇の供養塔の十三重石塔が立つ。
神亀2年(725)、行基の創建と伝わる四国霊場第78番札所。瀬戸内海を望む青ノ山の山麓に立ち、厄除け大師としても有名。大師堂脇の地下にある観音洞(拝観:8~17時)には、奉納された万体観音像が約2万体並び壮観だ。
徳島との県境に近い山間にある四国霊場第88番札所。遍路を締めくくる結願[けちがん]の寺で、奇岩に覆われた胎蔵ケ峰[たいぞうがみね]を背景に本堂と多宝塔が立ち、山水画を想わせる風情ある佇まいだ。
高松市南郊にある四国霊場第83番札所。寺伝では大宝年間(701~704)に創建され、後に隣接地に立つ讃岐一ノ宮・田村神社の別当寺院になったという。本尊の聖観音像は弘法大師の作と伝わる。本堂前に薬師如来を祭った石の祠があるが、台座の下にあいた穴は地獄に通じ、頭を入れると地獄の釜音が聞こえ、心がけの悪い人は抜けなくなると言われている。また、四季折々の顔をもつ境内の庭園や山門に埋め込まれたトンボ・水琴窟など随所にちりばめられた日本庭園の伝統技巧が見どころ。
屋島の対岸、五剣山[ごけんざん]中腹にある四国霊場第85番札所。天長6年(829)弘法大師の創建と伝わる。境内の背後に五剣山がそびえ、本堂横の聖天[しょうでん]堂の本尊・歓喜天は弘法大師作で日本最古とも言われている。商売繁盛や縁結び、家内安全、学業成就などのご利益がある「八栗のお聖天さま」と呼ばれ、霊験あらたかなことで有名。
五色台の青峰[あおみね]中腹にある、四国霊場第82番札所。今から約400年前、里人を困らせた牛鬼[うしおに]を弓の名人・山田高清が射止めた故事にちなみ、山門近くに牛鬼像が立つ。33年ごとに御開帳される本尊の千手観音立像は、重要文化財に指定されている。
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