須賀山圓明寺
聖武天皇の勅願所で、行基が刻んだ阿弥陀如来像が本尊。寺宝は慶安3年(1650)に家次という町人が納めたという銅板製の納札で八十八ヵ所で最古のものとか。大師堂横にはキリシタン灯籠が立つ。
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聖武天皇の勅願所で、行基が刻んだ阿弥陀如来像が本尊。寺宝は慶安3年(1650)に家次という町人が納めたという銅板製の納札で八十八ヵ所で最古のものとか。大師堂横にはキリシタン灯籠が立つ。
天智天皇4年(665)創建と伝わる古刹。河野家の生まれであり、時宗の開祖、一遍上人の生誕地として知られる。境内には子規が詠んだ『色里や 十歩はなれて 秋の風』の句碑があり、その他にも斎藤茂吉や川田順などの歌碑も並ぶ。平成25年(2013) 8月の火災により、国重文木造一遍上人像や本堂庫裡等が全焼したが、平成28年(2016)5月に再建され、新たに鋳造一遍上人像が建立、一遍上人堂内に安置されている。境内からは松山城が望め、松山市内を一望出来る絶景の穴場スポットとなっている。
桓武[かんむ]天皇の勅願によって建立された、四国霊場第64番札所。神仏分離政策までは霊峰石鎚山の別当寺だった。境内は広く、大師堂・護摩堂・薬師堂・本堂が点在。現在は真言宗石づち派(づちの字は金+夫)の総本山として、修験道の根本道場として数多くの参拝者が訪れる。
天平年間(729~749年)に行基が聖武天皇の勅願によって開創した四国霊場第65番札所。弘仁6年(815)に弘法大師が三角形の護摩壇を設け21日間の護摩秘法を修めたというのが名前の由来。本尊の檜一木造十一面観世音菩薩は、60年に一度御開帳の秘仏だ。
流行していた熱病を大師が杖とともに土に封じこめた後、そこから椿の芽が出たという伝説が残る。近年は、闘病中の人もお杖椿参りに訪れる。
仁王門から本堂に向かう参道沿いにあるのが弘法大師御加持水。弘法大師が疫病で苦しむ人々に水を加持したところ全治したという霊水。諸病に効き目があり、霊験にあやかろうと水を汲みに来る人も多い。
天平13年(741)の聖武天皇の勅使により全国各地に建立された国分寺の一つで、四国霊場第59番札所。唐子山を背景に本堂と大師堂が立ち、書院には寺宝の国分寺文書三巻などが展示されている。本堂から約100m東には国分寺塔跡(史跡)があり、高さ約1.2m、広さ約100平方mの基壇上に13個の礎石が残っている。
弘法大師が光り輝く檜を発見、即座に一刀三礼して毘沙聞天を刻み、寺を創建したという。八十八ヵ所で唯一、毘沙聞天を本尊とする。境内にある成就石の穴に杖を通すと願い事が叶うという。八角堂には七福神のうち六神が祀られている。
四国最高峰・石鎚山系に立つ。役行者が星が森に現れた蔵王権現の姿を刻み、小堂に安置したのが始まり。シャクナゲの名所。有料林道通行料1850円、冬期12月29日~2月末日は通行止め。※石づち山の「づち」の字は、金+夫。
養老3年(719)、伊予の豪族・越智玉純による遷座とされる伊予一の宮。山と海と武人の神として朝廷・武士の信仰を集め、現在は応永34年(1427)再建の本殿や拝殿・摂社が残り、天然記念物の楠の原生林に囲まれている。国宝8点、重要文化財も多数所蔵。
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