安藤醸造本店
創業は嘉永6年(1853)という味噌・醤油の醸造元。蔵座敷や文庫蔵などが残り、蔵座敷は見学ができる。文庫蔵では味噌汁と漬物の試食もできる。
- 「角館駅」から徒歩11分
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
創業は嘉永6年(1853)という味噌・醤油の醸造元。蔵座敷や文庫蔵などが残り、蔵座敷は見学ができる。文庫蔵では味噌汁と漬物の試食もできる。
十和田湖西湖畔、大川岱地区の、小高い丘の上に立つ町のシンボル。小坂町にゆかりのあるドイツ人技師の故郷で作られたもので、ブドウをモチーフにした優美なデザイン。高さ12mの屋根から大小11個の鐘が吊るされていて、8~18時まで1時間ごとにメロディが奏でられる。近くには大川岱園地や十和田湖西湖畔遊歩道もあり、音色を聞きながらピクニックや湖畔散策を楽しむことができる。
河原田家は文治5年(1189)頼朝が陸奥を征した時、恩賞として会津の伊南郷をあたえられ、戦国時代に芦名氏の譜代として、さらに佐竹北家の家臣となって廃藩まで仕えた家柄。苔を敷いた内庭など、庭園は藩政時代そのままの姿を残す。主屋は明治中期の建築だが、この地方の書院造りの典型的な様式となっている。
商家が並ぶ外町の一角、田町の武家屋敷通りに佐竹本家の直臣・今宮家家臣団の武家屋敷があった。西宮家が残り、公開されている。
町の北端の古城山には応永30年(1423)に戸沢氏が居城、江戸時代初期には芦名氏が1万5000石の城主として居城した。しかし幕府の一国一城令により破却され、現在は、本丸跡に展望台が築かれ、町を一望することができる。細長い市街地、それを取り巻く山川のみごとに調和した姿が一望できる。入口から展望台まで徒歩20分。
青森県の恐山、富山県の立山と並ぶ日本三大霊地のひとつ。標高約800mのその一帯は昔の硫黄鉱山の跡で、草木の生えない灰色の山肌を露出しており、岩肌のいたるところから蒸気や火山性ガスが噴出している。荒涼とした光景はまさに地獄さながら。
横手川にかかる学校橋を渡った辺り。横手には佐竹氏の支城があったため、家臣が住んだ武家町の町割りが残る。現在も住居として使われており、内部は見学できない。
後三年合戦があった古戦場跡地。源義家が雁の列が乱れるのを見て、家衡の伏兵を見破ったという伝説が残る場所でもある。園内には雁橋や『後三年合戦絵詞』絵巻を再現した壁画レリーフなどがある。
明治35年(1902)に旧制横手中学校(現在の横手高校)に赴任したアメリカ人英語教師の住居として建てられた。館内には当時のミシンなどを展示。現在も個人宅なので、迷惑にならないように見学しよう。所要20分。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。