
島根県立古墳の丘古曽志公園
松江市街の西方、宍道湖を一望できる丘陵地に整備された公園。まるでピラミッドのような古曽志大谷1号墳の移築復元をはじめ、5世紀頃の姥ケ谷古墳群など大小の古墳が集まっている古墳公園。家族連れでのんびり散策できる。
- 「朝日ケ丘駅」から徒歩6分/「松江イングリッシュガーデン前駅」から徒歩20分
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松江市街の西方、宍道湖を一望できる丘陵地に整備された公園。まるでピラミッドのような古曽志大谷1号墳の移築復元をはじめ、5世紀頃の姥ケ谷古墳群など大小の古墳が集まっている古墳公園。家族連れでのんびり散策できる。
矢滝城、矢筈城、山吹城と併せて世界遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」の構成資産の1つであり国指定史跡となっている山城跡。かつて鞆ケ浦と呼ばれた仁摩町の港と石見銀山を結ぶ県道31号沿い、標高153mの岩山・龍巌山[りゅうがんざん]に造られた16世紀の山城で、仁摩方面を守備するための重要拠点だった。永禄8年(1565)頃には、領主温泉氏[ゆし]が軍事的拠点としていた。山頂部には主郭跡があり、岩山を削り出した曲輪と削り残した土塁、堀切などの跡が残る。主郭跡からは北に日本海、南には矢滝城山や馬路高山などが眺められ、7~8月には城跡下の岩肌を這う長さ約50mものノウゼンカズラが赤い花を咲かせる。
江戸時代、幕府の直轄地だった石見銀山の中心の町。大正12年(1923)に鉱山は閉山したが、銀山川の細流沿いに赤瓦と土壁の家が軒を連ねる町並みが状態よく残り、伝統的建造物群保存地区に指定されている。白壁の旧旅籠や商家が並び、趣がある。
文明11年(1479)頃に雪舟が作庭した萬福寺にある庭園(史跡・名勝)。池の向こうに須弥山を表す石組を配し、寺院様式という手法で造られている。右の枯滝と築山の暗部と、左の三尊石の明部の対比が庭に奥行きを与えている。
弥生時代の環壕集落跡を整備・復元して公開した史跡公園。この集落は3重の環壕に囲まれていて、全国でも特異な形をしており、祭祀の場とも城跡ともいわれる謎の多い遺跡である。公園の大部分が国の史跡に指定されている。
宍道湖北岸にあり、散歩やマラソンスポットとして親しまれている公園。文学碑が多く、小泉八雲の怪談に登場する「耳なし芳一」の像もお見逃しなく。
農道整備の工事中に、全国最多39個の銅鐸(国宝)が出土。遺跡は発見当時の状況に復元整備されている。併設のガイダンス施設では、出土銅鐸のレプリカなどを展示しており、遺跡を遠望しながら休憩もできる。
城山公園北側の堀川沿い、かつては上級・中級武士が屋敷を構えて住んでいた通り。今でも板塀と白壁の長屋門や武家屋敷の建物が連なり、松江でももっとも城下町らしいたたずまいを残す。堀川に沿って植えられている老松の並木も年輪を積み重ねた風格があり壮観。ここには小泉八雲記念館や小泉八雲の旧居もあり、散策が楽しい。松江市伝統美観保存地区、建設省(現国土交通省)と「道の日」実行委員会による「日本の道100選」に選定されている。
江戸時代初期の銀製錬所の遺構。平成3年(1991)に発掘調査で発見され、日本に初めて伝えられた灰吹法で銀を取り出していたことがわかった。吹屋とは製錬所のことを言う。
明治28年(1895)に建設された大型の製錬所跡。最新の近代的設備を持っていたが、わずか1年半で閉鎖された。山の斜面に石積みの遺構が残されている。
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