高山別院
初代藩主の金森長近が天正13年(1585)に城下町を造営する際、浄土真宗の門徒の中心道場として建てられた寺。その後幾度か火災に遭い、現在の本堂は昭和39年(1964)に再建されたもの。寺宝館(希望すれば拝観は可能だが、15時まで。無料)には親鸞[しんらん]上人の一代記を描いた絵など、貴重な宝物100点余りが展示されている。また、庫裡は飛騨随一の豪農であった杉下家の民家を移築したものだ。
- 「高山駅」から徒歩17分
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初代藩主の金森長近が天正13年(1585)に城下町を造営する際、浄土真宗の門徒の中心道場として建てられた寺。その後幾度か火災に遭い、現在の本堂は昭和39年(1964)に再建されたもの。寺宝館(希望すれば拝観は可能だが、15時まで。無料)には親鸞[しんらん]上人の一代記を描いた絵など、貴重な宝物100点余りが展示されている。また、庫裡は飛騨随一の豪農であった杉下家の民家を移築したものだ。
城山公園の北側、高山城三の丸跡に鎮座する神社。西南戦争以降の飛騨出身戦没者の霊、むすびの神・飛騨大神宮、金の神・黄金神社、大工の神・飛騨匠神社、菓子の神・久和司神社がそれぞれ祀られている。境内には遺品館、農民一揆の責めを負って獄死した初代高山県知事・梅村速水の遺愛碑のほか、高山城の内堀も残る。5月3日の例大祭には、近郊の神社から獅子舞・闘鶏楽が奉納され、毎年違った神事芸能を見学可。
温泉街の一角にある神社。須佐之男神[すさのおのみこと]などを祭る。平安~鎌倉時代、飛騨の匠が彫ったとされる木造神像10体(祭事には一般公開される)は、いずれも国の重要文化財に指定。2月14日には、国の重要無形民俗文化財に指定された「田の神祭り(別名・花笠まつり)」が行われる。禊[みそぎ]を終えた男たちが餅を担いで踊る田打ちの儀のあと、色あざやかな大きな笠をかぶって舞う。
藤村記念館の裏手、向かい側の丘にある島崎家の菩提寺は、1665年(寛文5)に創建された臨済宗の古刹だ。小説『夜明け前』には万福寺の名で登場している。境内には島崎家の墓地があり、墓石は藤村がデザインしたといわれている。藤村の父・正樹らの墓の一段上には、島崎春樹と記された藤村と、妻冬子、長男楠雄[くすお]らの墓標が並んで立つ。遺骨は彼が晩年を過ごした神奈川県大磯の地福寺に埋葬されており、ここには遺髪と爪が納められている。また、藤村の『母を葬るのうた』の詩碑も立ち、円空作の聖観音像も本堂脇のお堂に安置されている。予約をすると精進料理3000円を味わうことができる。
蒲田[がまだ]川をはさんで栃尾温泉の対岸にある、奥飛騨温泉郷の総鎮守社。福地温泉で静養したと伝えられる、第62代村上天皇を祭る。境内には、槍ケ岳と笠ケ岳を開山した播隆上人ゆかりの播隆塔が立つ。毎年5月10日には村上神社例祭や播隆祭が行われる。境内の大杉も必見。
東山神明神社、錦山神社と並ぶ、東山三社の一つ。創建が養老3年(719)と高山市で最も古い神社といわれ、境内に佇む夫婦杉は歴史を感じさせる。
足利尊氏、直義[ただよし]兄弟が国土安泰を祈り全国に建立した安国寺の一つとして、貞和3年(1347)に創建された。境内に建つ経蔵(国宝)のほか、室町初期を代表する頂相彫刻として知られる開山瑞巌[ずいがん]和尚坐像(重要文化財)や、本尊釈迦三尊は必見。経蔵拝観は要予約。
金森長近の長男、長則の菩提寺。長則は織田信長に仕え、本能寺の変によって19歳で戦死した。寺の創建は養老4年(720)といわれる。屋根に露盤と宝珠をのせた珍しい鐘楼門があるが、この門は高山城の黄雲閣を移築したもの。鐘楼門からは市街を見渡せる。借景式庭園もすばらしい。
温泉街を一望する下呂富士の中腹にある寺。創建は寛文11年(1671)。傷ついた白鷺に姿を変え、飛騨川で傷を癒して源泉のありかを知らせたという、薬師如来像を本尊としている。173段の石段を登ると、木々に囲まれた本堂がある。境内にはモミジが多く、秋は紅葉の名所としても賑わう。11月中旬には紅葉のライトアップを実施。下呂の歴史を伝える絵馬も奉納されている。
飛騨国式内八社に数えられる古社。本殿(重要文化財、日本遺産構成文化財)は明徳元年(1390)建立と伝わり、禅宗様、大仏様、和様の三様式を巧みに組み合わせたもの。毎年9月第1日曜に行われる秋の例祭では、20~30人の少年が鉦[かね]と太鼓を打ち鳴らしながら踊る鉦打や獅子舞がみもので、多くの観光客が訪れる。
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