
臨江閣
国の重要文化財に指定された本館、別館、茶室からなる近代和風の木造建築物。数寄屋風造りの本館は明治17年(1884)に迎賓館として建てられ、明治天皇をはじめ多くの皇族が滞在した。書院風建築の別館は明治43年(1910)に一府十四県連合共進会の貴賓館として建てられた。
- 「中央前橋駅」から徒歩22分
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国の重要文化財に指定された本館、別館、茶室からなる近代和風の木造建築物。数寄屋風造りの本館は明治17年(1884)に迎賓館として建てられ、明治天皇をはじめ多くの皇族が滞在した。書院風建築の別館は明治43年(1910)に一府十四県連合共進会の貴賓館として建てられた。
前橋市東部に位置する公園で、国指定の前二子・中二子・後二子古墳が整備されており、赤城型民家(養蚕農家)が移築復元されている。豊かな歴史、自然に恵まれた公園として多くの人に親しまれている。
寛永8年(1631)、幕府の命によって設けられた三国街道裏往還の関所を復元。当時の関所は間口5間のかやぶき屋根の建物だったとか。内部には、当時の通行手形や古文書、武具などが展示されている。
安中藩出身の明治時代の教育家で、同志社大学を創設した新島襄ゆかりの家。明治7年(1874)に米国から帰国した際、この地で両親と再会を果たした。展示室には写真や資料が展示されている。
高峰三枝子[たかみねみえこ]が歌った昭和初期のヒット曲『湖畔の宿』にちなんで記念に造られた公園。榛名湖と榛名富士を一望する展望広場には、「乙女の像」の彫刻ほか、自動センサーでメロディーが流れる『湖畔の宿』の歌碑がある。
坂上田村麻呂が東征の帰途に「日本の臍石」と定めたといい伝えられる日本の中心標。その隣に立つ臍地蔵のへそを撫でると子宝に恵まれるといわれる。
昭和8年(1933)、輝子夫人とともに草津を訪れた齋藤茂吉が、この西の河原について詠んだ歌が刻まれている。
ベルツ博士胸像の傍らに建つこの句碑は、俳人 水原秋桜子がベルツ博士の遺徳をたたえて詠んだものである。
生糸などを保管するために大正15年(1926)に建設されたレンガ倉庫で、「近代化産業遺産」「ぐんま絹遺産」「日本遺産」に認定されている。現在は町の歴史民俗資料館として利用されており、養蚕資料や道具、小幡氏紋付赤備具足、円空の木彫仏像などが展示されている。
石段街の中腹に刻まれた文字に注目。これは大正4年(1915)に、女流歌人・与謝野晶子が発表した「伊香保の街」という詩。当時の温泉街の様子が偲ばれる。
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