立石寺(山寺)
貞観2年(860)比叡山延暦寺の別院として慈覚大師(円仁)により創建された天台宗の古刹。室町末期に戦禍にあい、建物の多くが焼失したが、天文12年(1543)に復元された。山門から苔むした石段が奥の院まで続き、頂にそそり立つ凝灰岩に堂宇が張りつく姿は、一幅の水墨画をおもわせる。「山寺が支えた紅花文化」は平成30年(2018)日本遺産に認定された。
- 「山寺駅」から徒歩5分
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
貞観2年(860)比叡山延暦寺の別院として慈覚大師(円仁)により創建された天台宗の古刹。室町末期に戦禍にあい、建物の多くが焼失したが、天文12年(1543)に復元された。山門から苔むした石段が奥の院まで続き、頂にそそり立つ凝灰岩に堂宇が張りつく姿は、一幅の水墨画をおもわせる。「山寺が支えた紅花文化」は平成30年(2018)日本遺産に認定された。
市街地北部、あやめ公園の東側にある長井周辺の総鎮守。約5000平方mの境内には老木が生い茂り、社殿・拝殿・神庫などが荘厳なたたずまいをみせる。坂上田村麻呂が東進の際に神社を建てたのが始まりと伝えられる。文禄2年(1593)米沢城主蒲生氏郷[がもううじさと]が、長井郷50余の神社を合祀し総宮神社となった。
深山の天台宗観音寺にある三間四方の阿弥陀堂造り、木造茅葺きの建物。平安時代の特徴をもつ建築物として、昭和28年(1953)に国の重要文化財に指定された。
およそ1200年前に龍華寺として開かれ、600年前に現在の善寳寺となり、龍神様の寺として北陸関東以北に多くの信者を有し、特に漁業関係者の信仰が厚い。家内安全、商売繁栄のよりどころとする信者も多く曹洞宗三大祈祷所となっている。山門、本堂、龍王殿、五重塔など伽藍の整った古刹。国指定有形文化財登録「山門、総門、五重塔、五百羅漢堂、龍王殿、龍華庵」がある。
曹洞宗の名刹。四季折々、さまざまな花に囲まれることから「花の寺」としても知られ、全国でも珍しい九輪草の純群落(見頃は5月中旬~6月初旬)がある。池泉回遊式蓬莱庭園は国の文化財名勝。
大同年間(806~810)の創建と伝わる置賜三十三観音四番札所で、桁行・梁間3間の宝形造。本尊は聖観音立像で、桂一本造、像高176.9cm。現在の堂宇は昭和55年(1980)に全面解体保存修理が行われた。
悲劇的な死を遂げた、11代山形藩主・最上義光の娘・駒姫の菩提寺。出羽五ケ寺の一つで、木造建築としては東北最大級といわれている。天井の四隅を支えている夜鳴力士像は、名工・左甚五郎の作として知られ、鐘楼は県の有形文化財に指定。見学は外観のみ。
標高459m。古来より信仰の山として崇められており、国指定名勝として庄内海浜県立自然公園にも指定。酒癖の悪い人を癒す祈祷のために使用されたと言われる禁酒の「かめ」と「大盃」は珍しい。登山道の杉根の階段が特徴的で山頂には国指定重要文化財の「御本殿」があり、山頂の展望台からは雄大な庄内平野・鶴岡市内を俯瞰することができる。
最上三十三観音霊場・第五番札所。平安時代にの姫が夢のお告げを受け、この地に嫁いで観音像を祭ったのが始まりといわれる。京都の清水寺を模した懸崖造りの観音堂で、朱塗りの堂が山肌にそびえ立つ。張り出した堂内から、遠く蔵王連峰の山並みが一望できる。
旧薩州藩大砲長久永竜助以下10名の国事殉難の士慰霊のため創立。明治維新より大東亜戦争までの戦歿者四万八百四十五柱の英霊を奉斎。英霊は家族のため、郷土のため、さらには国家を守るために、尊い生命を御国に捧げた人々の神霊である。英霊の願いは国家が平和であり、国民、県民が幸せであることであるから、初宮詣、七五三詣、合格祈願、厄祓、交通安全祈願、神前結婚式等、その他祈願参拝も行っている。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。