
ペリー広場
函館山の麓、元町公園や旧イギリス領事館のすぐそばにある芝生の広場。安政元年(1854)に函館に来航したアメリカのマシュー・ペリー提督の函館来航150周年を記念して、旧市立函館病院跡地にペリー提督来航記念碑が建立され、「ペリー広場」の愛称が付けられた。広場の高台に立つ記念碑は、函館港を見下ろすように悠然と立つペリー提督の銅像が印象的だ。ちなみに、ペリーは函館を「天然の良港」と賞賛した。
- 「末広町(函館)駅」から徒歩4分/「大町(北海道)駅」から徒歩7分
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函館山の麓、元町公園や旧イギリス領事館のすぐそばにある芝生の広場。安政元年(1854)に函館に来航したアメリカのマシュー・ペリー提督の函館来航150周年を記念して、旧市立函館病院跡地にペリー提督来航記念碑が建立され、「ペリー広場」の愛称が付けられた。広場の高台に立つ記念碑は、函館港を見下ろすように悠然と立つペリー提督の銅像が印象的だ。ちなみに、ペリーは函館を「天然の良港」と賞賛した。
秋川雅史氏のシングルでヒットした名曲『千の風になって』。新井満氏が大沼の別荘で訳詞、作曲したことにちなんで、大沼湖畔の西大島に造られたモニュメント。七飯町特産の安山岩を直径3mの円形に組んだモニュメントで、中央に「『千の風になって』名曲誕生の地」と記されている。
日本初の男子トラピスト修道院の裏手、丸山の山道を20分ほど歩くと、岩肌に立つ聖母像が見えてくる。フランスにある世界的に有名なカトリックの巡礼地・ルルドを再現しており、外からの見学は自由。修道院は男性のみ毎週火曜日14時から内部見学可(少人数限定。往復ハガキにて要申込)。
明治15年(1882)創設の、北海道の高校の中で最も長い歴史と伝統を有するミッションスクール。今も現役で使われている教室や職員室のある本館は国の重要文化財に指定されており、映画やドラマ、CMのロケでもよく利用される。同じく国指定重文のホワイトハウスは、毎年7月末の2日間のみ一般公開。本館・ホワイトハウスともに外観は見学可。本館内部は学校のため見学不可。
函館山の麓に建立された高さ約6mの慰霊碑。箱館戦争で戦死した旧幕府軍の戦死者は、新政府の命により埋葬を許されなかったが、その惨状を見かねた侠客・柳川熊吉や実行寺日隆住職、大工棟梁・大岡助右衛門らの有志によって遺体は埋葬された。明治8年(1875)、箱館戦争で生き残った榎本武揚、大鳥圭介らも協力して、土方歳三を含めた約800人を慰霊するために碧血碑を建立。毎年6月下旬には碑前慰霊祭が行われている。
市民交流やNPOなど市民活動の支援をするほか、観光案内をはじめ、地域情報の発信、函館地域のコミュニケーション、まちづくりの活動を行う。大正時代創建のデパートだった建物はノスタルジックな雰囲気。また、東北以北最古の手動式エレベーターが現存している。
網走刑務所が網走監獄と呼ばれていた明治・大正時代に建てられた監獄建造物を移築・復原、または再現している博物館。昭和58年(1983)に開館し、移築した8棟が国指定重要文化財であり、6棟が登録有形文化財になっている。これらの文化財や資料を通して北海道開拓の先駆であった監獄の歴史を学ぶことができる博物館だ。
海をバックに立つモニュメント。サハリンへの望郷の意が込められた、札幌出身の世界的な彫刻家・本郷新の作品で、稚内公園のシンボル的な存在でもある。
北方領土返還を求める国民の強い願いを込めて建設されたシンボル像。納沙布岬の望郷の岬公園内にそびえ立つ。底辺が長さ35m、高さ13m、幅3~5m、重さ171トンの大きな像だ。
大正9年(1920)の釧路川洪水を発端に建設。老朽化にともない、平成2年(1990)にはコンクリート製の新水門が造られた。
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