太宰治 疎開の家(旧津島家新座敷)
昭和20年(1945)7月より1年4カ月間、戦火を逃れ暮らした大正11年(1922)築の木造家屋。当時は斜陽館の離れだった。作家になってからの太宰の居宅としては唯一現存。『故郷』『トカトントン』など、23作品がここで生まれた。太宰の書斎に座ることができる。
- 「金木駅」から徒歩5分/「芦野公園駅」から徒歩20分
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昭和20年(1945)7月より1年4カ月間、戦火を逃れ暮らした大正11年(1922)築の木造家屋。当時は斜陽館の離れだった。作家になってからの太宰の居宅としては唯一現存。『故郷』『トカトントン』など、23作品がここで生まれた。太宰の書斎に座ることができる。
弘前公園の北にある仲町伝統的建造物群保存地区は、藩政時代は侍町で道路沿いに連続するサワラ生垣、点在する門や板塀、前庭の樹木、さらにその奥に立つ木造真壁造の主屋が、往時の町並みの景観を今に伝えている。現在、旧伊東家・旧岩田家・旧梅田家・旧笹森家の4棟の武家住宅を公開している。
本州最北の町のさらに最北端の大間崎には、「こゝ本州最北端の地」と刻まれた碑や大間名物のマグロ一本釣りのモニュメントがある。晴れれば直線距離17.5kmの海峡をはさんだ函館の市街まで見え、フェリーで渡ることも可能だ。マグロ漁の時期(7月下旬~1月末)には、一本釣りをする船も見られる。
竪穴建物跡や中世の城郭跡などが発見された場所。築城は建武元年(1334)、南部師行[もろゆき]による。安土桃山時代の本丸を復原。主殿や馬屋が立ち並び、内部では当時の様子を再現している。所要30分。
遮光器土偶(重要文化財)をはじめ、縄文時代晩期の土器や石器・漆器などが発掘された遺跡。出土した土器や土偶に代表される縄文時代晩期の優れた物質文化は、「亀ケ岡文化」と呼ばれている。現在は遮光器土偶の形をした石像が立つ。近くの縄文前期~中期の田小屋野貝塚からも土器やベンケイ貝製の貝輪などが出土し、ともに史跡に指定されている。
国史跡に指定されている青森県内最大規模の縄文時代の貝塚を伴う集落遺跡。ヤマトシジミやアサリなどの貝のほか、魚類、哺乳類、鳥類などの骨も出土している。また、竪穴住居跡や石器、土器、骨製のアクセサリーなども見つかっている。竪穴住居2棟が復元され、現在は史跡公園として整備されている。
平山家は津軽藩広田組代官手代をつとめた家。18世紀後半に建てられた豪農の住まいがほぼ原形のまま伝えられ、貴重な資料となっている。
文政10年(1827)に野辺地の廻船問屋、野村治三郎によって建てられた。盛岡藩の海の窓口としてにぎわっていた野辺地湊に、夜間入港する北前船への目印となっていた。
江戸時代まで、八戸南部氏の居城があったところ。現在は、市民いこいの広場として整備されている。公園は高台にあるため、市街を一望できる。また、春には桜やツツジ、秋には紅葉が楽しめる。
「県重宝」に指定される追手門広場内にある洋館。明治39年(1906)、名工・堀江佐吉によって建てられ、昭和6年(1931)までは市立図書館として使用されていた。八角形の双塔を左右に配した木造3階建てルネサンス様式を基調とした美しい建物で、内部を公開している。
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