竹屋観音堂
会津三十三観音の第八番札所。曹洞宗大雲山観音寺(竹屋観音寺)境内。子安観音とも称され、鎌倉時代の仏工師運慶の作と伝わる「木造如意輪観音像」が安置されている。
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会津三十三観音の第八番札所。曹洞宗大雲山観音寺(竹屋観音寺)境内。子安観音とも称され、鎌倉時代の仏工師運慶の作と伝わる「木造如意輪観音像」が安置されている。
二本松藩主・丹羽家代々の菩提寺。境内には歴代藩主の墓や、戊辰戦争で戦死した二本松少年隊16名の墓が残されている。少年隊は12歳から17歳で、維新の夜明けを見ずに散った。
福島県と栃木県の県境近くにあり、奈良~平安時代はみちのくへの出入口として機能していた白河関跡。その丘の上に白河神社が鎮座している。第104回全国高校野球選手権大会で東北勢にはじめて優勝旗が渡った際には、「白河の関越え」として話題になり、記念の御朱印を求める人でにぎわった。
聖徳太子堂からさらに石段を上った所にある。温泉の守護仏・薬師瑠璃光如来と、木地師の祖と伝わる惟喬法親王と土湯こけしが祭られている。
明治9年(1876)、安積開拓に従事した人々の心の拠り所として、伊勢神宮の御分霊を奉遷し創建された。「東北のお伊勢さま」として親しまれ、正月や花見の時期には特に多くの参拝者が訪れる。
平成28年(2016)に日本遺産に認定された会津三十三観音の第九番札所。曹洞宗福聚山大光寺境内。平安初期に創建されており、壮麗な観音堂を有し三十六坊院や三重の塔があって繁栄を極めたと伝わる。その後いつの頃よりか寺領を失い、越後の国より安翁という僧が来てこの寺を再興した。
大正4年(1915)に建築された、ビザンチン様式のギリシャ正教会系(ロシア正教会)。堂内にあるイイスス・ハリストス(=イエス・キリスト)やマリアの聖像画50点は貴重なもので、茨城県出身の山下りんのイコン画像5点も含まれる。事前に予約すれば、内部の見学もできる。建物・イコンは福島県重要指定文化財。司馬遼太郎著『街道を行く』白河・会津のみちで野バラの教会として紹介。5月最終金~日曜はオープンガーデン(バラ40種以上)で一般公開される。
信夫山の中腹、東側の岩壁に彫られた磨崖仏群で、三十三観音、地蔵尊、不動尊など60余体が刻まれている。平安時代の末期から鎌倉時代にかけて建立されたもので、現在の観音堂は慶長19年(1614)に再建されたもの。江戸時代に庶民の間で西国三十三観音を模した仏像を礼拝することが流行したことから、この地にも三十三観音が刻まれたと言われている。
信夫三山の一つ羽黒山にある神社。一説によると出羽三山よりも歴史の古い神社で、毎年2月10・11日の2日間、長さ12mの大わらじを奉納する暁参りが行われる。
高さ13m、幹周り3m75cmの桜。通称「種まき桜」と呼ばれ、毎年見事な花を咲かせる。樹齢およそ350年。例年開花時期になると夜桜のライトアップが行われる。
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