海神神社
海の守護神、豊玉姫命[とよたまひめのみこと]を祀る、かつての対馬一の宮。神功皇后の三韓征伐に起源をもつ。伊豆山とよばれる神山にある。神域の杜は斧を入れたことがない原生林で、老松が社殿を守るように立つ様は荘厳な雰囲気をかもし出す。宝物庫には、新羅仏(重要文化財)や弥生時代の遺物が収蔵されている。
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海の守護神、豊玉姫命[とよたまひめのみこと]を祀る、かつての対馬一の宮。神功皇后の三韓征伐に起源をもつ。伊豆山とよばれる神山にある。神域の杜は斧を入れたことがない原生林で、老松が社殿を守るように立つ様は荘厳な雰囲気をかもし出す。宝物庫には、新羅仏(重要文化財)や弥生時代の遺物が収蔵されている。
日本遺産に登録されている内海湾にあり、干潮時の時だけ海から参道が現れ歩いて参拝することが可能。この島全体が神域とされいるため、小枝1本も島の外に持ち出してはならない。御朱印をいただく場合は事前予約が必要。宮司さんの都合によっては受け取ることができない場合あり。
世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産「黒島の集落」にある教会。初代の木造の黒島天主堂ができたのは明治12年(1879)。明治35年(1902)に、マルマン神父の設計で、信者の資金供出と献身的な労働奉仕によってにロマネスク様式のレンガ造りの堂々とした教会が完成した。奥行35m、間口15mの三廊式の教会堂で、リブ・ヴォールトの天井が美しく、黒島特産の御影石「黒島みかげ」が多く使われ、祭壇下には1800枚の有田焼磁器タイルが敷き詰められているなど、国指定重要文化財にふさわしい造りとなっている。
平戸瀬戸や平戸島を見下ろす高台に立つ赤レンガ造りの教会。黒島と外海の出津集落から移住して来た信者たちが、後に中田藤吉神父とともに現在の本格的な聖堂を建設。信者の労働奉仕によって大正7年(1918)に竣工、翌年に献堂式が行われた。設計施工は教会堂建築で知られる鉄川與助。外観はイギリス積みを基本とする多彩なレンガ積み手法や黒レンガの装飾など、印象的で美しいデザイン。八角形のドームを頂く鐘塔のアンジェラスの鐘はフランスからを取り寄せたもの。堂内部の天井は本格的なリブ・ヴォールト天井で、色鮮やかな2階のステンドグラスはドイツ人マキシミリアノ・バルトズが2年かけて制作。国指定重要文化財。
昭和15年(1940)に創建された、明治時代の橘周太陸軍中佐を祀る神社で、橘中佐の像、軍神橋、橘中佐遺徳館などがある。長崎県では諏訪神社に次ぐ第2位の参拝者を誇り、年末年始には高さ10mを超える大門松が立てられ、長崎県外からも多数の参拝者が訪れる。約800本のソメイヨシノがあり桜のシーズンも賑わう。また、神社背後にある釜蓋城跡に登れば、千々石町を一望することができる。「大寒みそぎ」(1月20日・大寒の日)や、春・秋例大祭(4月2日、9月16日)、命日祭(8月31日)なども行われる。
建久2年(1191)、宋から帰った臨済宗[りんざいしゅう]の栄西禅師[えいさいぜんじ]が日本で最初に座禅を組んだとされる寺。その時、宋から持ち帰った茶の種を植えたとされる、冨春園[ふしゅんえん]という茶畑が今も残っている。茶畑の小道を下ると、栄西禅師が座禅を組んだという座禅石と冨春庵跡がある。栄西禅師が伝えた宋朝禅林[そうちょうぜんりん]の製茶・喫茶法(抹茶の飲み方)は、後に千利休[せんのりきゅう]によって茶道として広く日本に確立されたが、この話はあまり知られていない。
平戸ハ景の一つに数えられた御橋観音は、吉井町が誇る名勝。町の中心部から東へ1km程行った牧の岳の中腹に位置する。御橋観音寺の境内を通り風雅な庭園の奥に、天然の大石橋が浮き橋のように架かっている。境内一帯には国の天然記念物に指定されているシダ群落があり、多種多様なシダ類を見ることもできる。牧の岳公園が隣接しており、桜や紅葉の名所でもあるので、家族でのお出かけや花見スポットとしても人気だ。
世界遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成資産「頭ヶ島の集落」の中心となる教会。教会の始まりは、慶応2年(1867)に上五島地域の潜伏キリシタンの頭目であったドミンゴ松次郎が頭ヶ島の白浜に移住し、自宅を「仮の聖堂」としたことから。現在の天主堂は2代目で、信徒らの労働奉仕と10年の歳月をかけて大正8年(1919)に完成。設計・施工は鉄川與助。五島石を使った外観は力強い組石造りだ。八角形の銅板張りのドーム屋根を冠した塔屋が印象的だ。内部は単廊式で、船底のような折上天井は、ハンマー・ビーム架構という特殊な工法で造られている。内装には随所に五島列島の椿をモチーフにした装飾がなされ「花の御堂」の愛称も。国指定重要文化財。頭ヶ島パーク&ライドによりアクセスに要注意。
佐世保市の沖合に浮かぶ黒島の神社。黒島港のある本村[ほんむら]に位置し、長い石段を上ると本殿と大岩が鎮座している。平戸市の古社・志々伎[しじき]神社の分社で、祭神は平戸松浦氏の始祖・峯五郎披[みねごろうひらく]ほか2柱を合祀。一帯の社叢は神域のため伐採されたことがなく、スタジイをはじめ、タブノキやヤブツバキなどが茂り、縄文の森の面影がみられる。禁教期には島民全員が神社の氏子だったが、明治5年(1872)に神社の例祭を行った際に本村、古里以外の集落の住民がほとんど参加せず、潜伏キリシタンがカトリックに復帰したことが発覚した。神仏分離令で廃止されたが、明治12年(1879年)に村社として再興された。
明治13年(1880)に平戸城下にあった四社(七郎神社、乙宮神社、八幡神社、霊椿山神社)を合祀してできた神社で、平戸城本丸跡に鎮座する。西海鎮守と称され旧県社。市民の産土神として崇敬を集め、10月の例大祭「平戸くんち」では多彩な行事が行われ、10月26日には国指定重要無形文化財「平戸神楽」の奉納もある。
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