橘神社
昭和15年(1940)に創建された、明治時代の橘周太陸軍中佐を祀る神社で、橘中佐の像、軍神橋、橘中佐遺徳館などがある。長崎県では諏訪神社に次ぐ第2位の参拝者を誇り、年末年始には高さ10mを超える大門松が立てられ、長崎県外からも多数の参拝者が訪れる。約800本のソメイヨシノがあり桜のシーズンも賑わう。また、神社背後にある釜蓋城跡に登れば、千々石町を一望することができる。「大寒みそぎ」(1月20日・大寒の日)や、春・秋例大祭(4月2日、9月16日)、命日祭(8月31日)なども行われる。
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昭和15年(1940)に創建された、明治時代の橘周太陸軍中佐を祀る神社で、橘中佐の像、軍神橋、橘中佐遺徳館などがある。長崎県では諏訪神社に次ぐ第2位の参拝者を誇り、年末年始には高さ10mを超える大門松が立てられ、長崎県外からも多数の参拝者が訪れる。約800本のソメイヨシノがあり桜のシーズンも賑わう。また、神社背後にある釜蓋城跡に登れば、千々石町を一望することができる。「大寒みそぎ」(1月20日・大寒の日)や、春・秋例大祭(4月2日、9月16日)、命日祭(8月31日)なども行われる。
長崎駅から丘へ向かって5分ほど歩くと見える、高さ18mもの巨大な観音像がある寺。元国宝の本堂が原爆時の被害で焼失し、坂本龍馬と一緒に逗留したと勝海舟の日記にもある寺だ。
海の守護神、豊玉姫命[とよたまひめのみこと]を祀る、かつての対馬一の宮。神功皇后の三韓征伐に起源をもつ。伊豆山とよばれる神山にある。神域の杜は斧を入れたことがない原生林で、老松が社殿を守るように立つ様は荘厳な雰囲気をかもし出す。宝物庫には、新羅仏(重要文化財)や弥生時代の遺物が収蔵されている。
建久2年(1191)、宋から帰った臨済宗[りんざいしゅう]の栄西禅師[えいさいぜんじ]が日本で最初に座禅を組んだとされる寺。その時、宋から持ち帰った茶の種を植えたとされる、冨春園[ふしゅんえん]という茶畑が今も残っている。茶畑の小道を下ると、栄西禅師が座禅を組んだという座禅石と冨春庵跡がある。栄西禅師が伝えた宋朝禅林[そうちょうぜんりん]の製茶・喫茶法(抹茶の飲み方)は、後に千利休[せんのりきゅう]によって茶道として広く日本に確立されたが、この話はあまり知られていない。
平戸島の東部、宝亀湾を見下ろす高台に立つ。明治18年(1885)、京崎地区に仮教会が設けられ、明治31年(1898)にマタラ神父の指導の下、現在の宝亀教会が建立された。多くの建築的特徴をもつ聖堂で、基礎は石造りだが会堂部は木造切妻造りで、建物正面部分のみレンガ造りだ。屋根は単層切妻の瓦葺、会堂部側面には円型ハメ殺し窓の下に、出入りできる両開き窓を5面設けている。内部は三廊式で、天井は主廊、側廊ともにリブ・ヴォールト天井(コウモリ天井)の板張り。平戸を代表する美しい教会で長崎県指定有形文化財。見学の際はマナーを守り、入口の注意事項を一読、脱帽して静かに見学すること。カメラ撮影、飲食、喫煙は禁止。
平戸瀬戸や平戸島を見下ろす高台に立つ赤レンガ造りの教会。黒島と外海の出津集落から移住して来た信者たちが、後に中田藤吉神父とともに現在の本格的な聖堂を建設。信者の労働奉仕によって大正7年(1918)に竣工、翌年に献堂式が行われた。設計施工は教会堂建築で知られる鉄川與助。外観はイギリス積みを基本とする多彩なレンガ積み手法や黒レンガの装飾など、印象的で美しいデザイン。八角形のドームを頂く鐘塔のアンジェラスの鐘はフランスからを取り寄せたもの。堂内部の天井は本格的なリブ・ヴォールト天井で、色鮮やかな2階のステンドグラスはドイツ人マキシミリアノ・バルトズが2年かけて制作。国指定重要文化財。
芦辺町北部の標高147mの男岳山頂近くにある男岳神社には、大小入り混じった200体以上もの石猿がズラリ。どれもユニークな表情をしている。この神社で祭られている神様が猿田彦命[さるたひこのみこと]であることから、以前から祈願成就に石猿を奉納する習慣があり、今も続いているという。持ち帰ると不幸が起こるという言い伝えもあるそうだ。
小値賀港の北方に位置する、カトリック仲知小教区の巡回教会の1つ。民家のような小さな教会堂は、明治14年(1881)に野崎島の舟森集落に建てられた瀬戸脇教会の司祭館だったもの。キリスト教徒のいなかった小値賀島に、昭和47年(1972)の集団移転で野崎島を離れた信徒たちが移築したもので、歴史を物語る文化財でもある。祭壇の後ろ左手には旧野首教会から移されたザビエル像が、右手には瀬戸脇教会にあった聖母子像が安置されている。教会内の見学はおぢかアイランドツーリズム協会に事前に連絡を。
中通島の北部、青方港桟橋対岸の高台にその姿を望める教会。江戸末期に大村藩の外海から移住してきた潜伏キリシタンの人々が、明治12年(1879)に、今は若松島に移築され土井ノ浦教会となっている最初の教会堂を建立。現在の教会堂は大正5年(1916)に再建されたもので、設計・施工は地元出身の鉄川與助。桟瓦葺きの重層屋根で、レンガの組方や色の違いで装飾されたレンガ造りの外壁が美しい。正面玄関部はドーム型の鐘楼となっており、内部は三廊式で、天井は漆喰塗りのリブ・ヴォールト天井だ。西ドイツ製の花柄のステンドグラス、半円のアーチ窓など、ロマネスク様式をとり入れており、柱頭の彫刻は與助の父鉄川与四郎の作。鎧戸や聖体拝領台などほぼすべてが当時のまま残っていることから長崎県の有形文化財に指定されている。
平戸市街地西側の丘の上に立つ教会。市街地からは尖鋭な屋根と十字架が望まれ、教会へ至る坂の途中の光明寺、瑞雲寺などの寺院と重なって見える風景は「寺院と教会の見える風景」として平戸を代表する景観のひとつとなっている。大正2年(1913)に「カトリック平戸教会」として建てられたのが始まりで、昭和6(1931)に現在地に移転、建設された。薄緑色の鉄筋コンクリート造りのゴシック様式の教会堂で、左側にのみ八角塔があるアシンメトリーな造りが印象的。敷地内にはザビエル記念像が立ち、フランスのルルドの泉を模した「ルルド」が造られている。入口の教会マナーを一読の上、祈りの気持ちをもって見学を。
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