札幌農学校第2農場
北海道大学札幌キャンパスを縦貫する中央通りの北端に佇む、赤い屋根が印象的な実践農場建物群。クラーク博士の構想に基づいて明治9年(1876)から建てられたもの。一戸の酪農家をイメージした畜舎と関連施設は日本の畜産業発祥の地のひとつであり、貴重な農場建築を伝えるものとして国の重要文化財となっている。内部には北海道開拓時代の農具などが展示してある。
- 「北18条駅」から徒歩9分/「北24条駅」から徒歩16分
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北海道大学札幌キャンパスを縦貫する中央通りの北端に佇む、赤い屋根が印象的な実践農場建物群。クラーク博士の構想に基づいて明治9年(1876)から建てられたもの。一戸の酪農家をイメージした畜舎と関連施設は日本の畜産業発祥の地のひとつであり、貴重な農場建築を伝えるものとして国の重要文化財となっている。内部には北海道開拓時代の農具などが展示してある。
日本海を望む岬の先端に建つ。明治30年(1897)、北海道の日本海沿岸がまだニシン漁で栄えていた時代、積丹[しゃこたん]の網元・田中福松によって泊村に建築され、昭和33年(1958)に現在地へ移築された。当時は120名ものヤン衆(出稼ぎの漁夫)が寝泊まりしていたという。現存する鰊御殿の中では最大級の規模を誇る。所要30分。
昭和25年(1950)に発見された約1500~2000年前(続縄文時代)の遺跡。洞窟の内壁には人物や動物、舟などを描いたと思われる刻画が見られる。
大正時代に6年半の歳月をかけて建てられた。ニシン漁で財を築いた、祝津の大網元・青山家の別荘。おもにケヤキを建築材として、欄間から引き戸の細部に至るまで宮大工の手により完成させた大邸宅だ。「国登録有形文化財」に指定されている。邸内の襖には、当時一流絵師や書家による作品が残されている。所要30分。
国道5号から小樽商科大学へ向かう地獄坂を登った、JR小樽駅裏手の小高い丘の上にある展望台。小樽市街が一望でき、天気がよければ石狩湾や暑寒別岳[しょかんべつだけ]も遠くに望める。展望台のすぐ近くには、小樽ゆかりのプロレタリア作家・小林多喜二の文学碑が建つ。展望台への車道は冬期閉鎖。
明治9年(1876)に札幌農学校として開校した北海道大学は、農業の分野だけでなく北海道開拓にも大きな役割を果たした。札幌キャンパスは東京ドーム約38個分の広さ。敷地内には、歴史的な建築物も数多く残されており、特に古河講堂や農学部は一見の価値あり(外観のみの見学)。ハルニレやポプラの大木など、豊かな自然に囲まれているのも特徴で、構内を散策するだけでも独特の雰囲気を味わうことができる。
北海道大学の前身・札幌農学校の初代教頭はアメリカ人のウィリアム・スミス・クラーク博士。札幌を去る際に博士が学生に残した「Boys be ambitious(少年よ、大志を抱け)」の名言は、今も北海道大学のモットーだ。古河講堂のそばに設置されている現在のクラーク博士の胸像は昭和23年(1948)の再建。初代は大正15年(1926)に彫刻家・田嶼碩朗の制作で建立されたが、太平洋戦争時の金属類回収令によって供出。二代目は初代像の石膏原型を使用して鋳造したもので、人気の記念撮影のスポットとなっている。
札幌中心部のオアシスとして親しまれている自然豊かな公園。園内にはボートを楽しめる菖蒲池や、子どもたちが水遊びを楽しめる鴨々[かもかも]川がある。豊平館[ほうへいかん]や八窓庵[はっそうあん]など、歴史的建築物も保存されている。
明治・大正時代に北海道各地で建てられた建物を移築した施設。村内には馬車鉄道が走り(冬期は馬そり)、鰊[にしん]番屋や石造りの旧小樽新聞社など、歴史上貴重な建築を間近に見ることができる。4つのブロックに分かれ、市街地、農村、漁村、山村とそれぞれ趣の違う街並みを散策できる。昔の生活を体験できるよう、季節ごとにさまざまな年中行事も実施している。
明治44年(1911)に開通し、昭和62年(1987)に廃線となった大夕張鉄道。駅舎は解体されたが、保存会の手によって国内最古の石炭貨車やラッセル車などの車両6両が、ホームに横付けされた形で保存されている。廃線跡をめぐるツアーも人気だ。平成19年(2007)、経済産業省近代産業遺産認定。
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