軽井沢高原教会
木立の中に佇む軽井沢の歴史ある教会は大正時代、北原白秋や島崎藤村ら多くの文化・著名人が集った「芸術自由教育講習会」を原点に持つ由緒ある場所。当時の開かれた教会の精神は今も受け継がれ、毎週日曜13時30分~のゴスペル礼拝や8月と12月に季節を通じて行われるイベントはだれでも参加できる。
- 「中軽井沢駅」から徒歩21分
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
木立の中に佇む軽井沢の歴史ある教会は大正時代、北原白秋や島崎藤村ら多くの文化・著名人が集った「芸術自由教育講習会」を原点に持つ由緒ある場所。当時の開かれた教会の精神は今も受け継がれ、毎週日曜13時30分~のゴスペル礼拝や8月と12月に季節を通じて行われるイベントはだれでも参加できる。
曹洞宗の寺院。山門前に朱塗りの安曇野仁王様の大下駄があり「仁王様の下駄を履けば願い事が叶う」と伝えられている。本堂下で御戒壇めぐりができる。
本殿は室町時代初期に建立された神社で、軽井沢町内最古の木造建築。長い年月の間に、幾度となく浅間山の噴火の脅威にさらされてきた社の様子は、境内に残る松尾芭蕉の句碑「ふきとばす石も浅間の野分かな」からも、うかがい知ることができる。明治2年(1869)5月には、浅間山の火山活動が激しくなり、その鎮静を祈願して9月に明治天皇の勅祭が行われたと伝わっている。
長野市の善光寺の本尊が元はこの寺にあったことから元善光寺の名で呼ばれ、両方をお詣りして両詣りといわれる由縁から善光寺と併せて参拝する人が多い。宝物殿にある御本尊を安置した際に光ったとされる臼は一見の価値がある。
古い町並みが残る上松宿[あげまつじゅく]から山手に少し入ったところにあり、木曽家16代目・義元[よしもと]の二男玉林の創建と伝えられる寺。大火による焼失を免れた黒松の大木と山門が美しい調和を見せ、天神堂横の枝垂桜は毎年美しい花をつける。
用明2年(587)聖徳太子の父・用明天皇が浅間山の噴火を鎮めるために建立したと伝えられる古刹。広い境内には菊の御紋が掲げられた本堂や長野県宝に指定されている三重の塔、厄除け観音堂、樹齢千余年の神代杉、高さ20mの子育て地蔵尊、甲賀三郎伝説発祥の大沼の池など見どころも多い。龍に化身した甲賀三郎の伝説をモチーフに、7月の最終土曜に開催される御代田町最大のイベント「龍神まつり」は、この古刹から始まる。
千国街道沿いに立ち、静けさに包まれた神社。天長5年(828)の創建と伝えられる古社で、毎年9月中旬の例祭、「ささらすり」で知られている。派手な肌じゅばんにひょっとこ面でおどけながら踊るユニークな祭りだ。
醍醐天皇の延長5年(927)に選定された延喜式の神名帳に登場する古社。本殿・拝殿が立つ境内は深閑とした杉木立に囲まれ、荘厳な雰囲気が漂う。祭神は古代北九州で栄え、7世紀ころ安曇野に移り住んだといわれる安曇族の祖神の穂高見命[ほたかみのみこと]。9月27日の御船[おふね]祭には、穂高人形を飾った船形の山車「御船」が曳き回され、2艘の御船がぶつかりあう。隣接の御船会館には実物大の御船を展示。奥宮は上高地明神池湖畔に、嶺宮は奥穂高岳山頂にある。
治承4年(1180)に以仁王[もちひとおう]の令旨[りょうじ]を受けた義仲が、ここで平家追討の旗挙げと戦勝祈願を行ったことから名前がついた。武家の守護神として知られる京都の石清水八幡宮を勧請し、義仲が館を構えたこの地に祭ったのが建立の由来とされる。義仲の元服の儀式もこの境内で行われ、その際に植樹したとされる拝殿脇の大きなケヤキは、義仲元服ケヤキとよばれている。
碓氷峠の頂上にあり、本宮社殿が県境にあるユニークな神社。そのため、長野では熊野皇大神社、群馬では熊野神社と違った名前を持ち、御祈祷・お守り・参拝所や社務所も別になっている。樹齢1000年という御神木のしなの木のほか、室町時代中期建立と伝わる県内最古の狛犬などもある。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。