
洞慶院
梅の名所として知られ、2月下旬~3月上旬には大小約400本の紅白梅が咲き誇る。永平寺・駿河の国の末寺として信仰も厚く、毎年7月19・20日の開山忌大祭は大いに賑わう。開催については要問合せ。
ジャンル/こだわり条件等を指定して検索できます。
梅の名所として知られ、2月下旬~3月上旬には大小約400本の紅白梅が咲き誇る。永平寺・駿河の国の末寺として信仰も厚く、毎年7月19・20日の開山忌大祭は大いに賑わう。開催については要問合せ。
行基[ぎょうき]により開山されたと伝わる寺。三十三曲りと呼ばれる山道の先にある仁王門(重要文化財)は、室町末期の建立とされ、県内でも1、2の古建築。本堂には行基自作という千手観世音菩薩が納められている。
明治26年(1893)、社会活動に貢献して没した清水次郎長こと山本長五郎をはじめ、女房のお蝶、大政、小政の墓がある。境内に立つ次郎長像の向いには次郎長遺物館もある。愛用の着衣や煙官、小政愛用の木刀などを展示、所要30分。
大同2年(807)、富士山の延暦噴火の鎮火祭跡地に創建された神社で、富士山登山道・須走口(東口)の起点。緑に包まれ、野鳥が生息する境内には、江戸時代の遺構を残す社殿や神門、静岡県指定天然記念物のハルニレの木、富士塚の狛犬、富士講講碑群、信しげの滝など、多くの見どころがある。社務所2階には社宝・富士講などの資料を展示する御鎮座千二百年記念資料館も。須走口登山道には5合目・古御岳神社、6合目・胎内神社、9合目・迎久須志之神社の各末社が鎮座。例大祭は5月5日、富士山開山式は7月10日に斎行される。
2000年以上の歴史を誇るこの地方随一の神社。江戸時代に徳川幕府の直営工事で60年かけて造営された総漆塗り極彩色の豪壮華麗な社殿群は、すべて国の重要文化財に指定されており、その数は26棟にもおよぶ。徳川家康が元服式を行なった神社としても有名で、今川氏、徳川氏と類稀なる崇敬を受けてきた。現在「~20年かけての化粧直し~」と銘うって境内にある重要文化財の社殿群を順次修理していく「平成令和の大改修工事」を実施中で、楼門、回廊等が竣工し、ピカピカの社殿が見られる。また、「七社参りで萬願成就」といい、境内にある七つの神社をすべて参拝すると何でも願い事が叶うと言われている。
高さ2mほどの滝の上に駿河を攻略した武田信玄の守り本尊、愛宕山大権現の堂と、不動明王堂がある。毎月28日が縁日で朝市が立つ。
徳川家康公の遺言により、久能山に遺体が埋葬されその地に家康公を祀る神社として建てられた。全国東照宮の発祥の地。大工棟梁、中井正清によって築かれた社殿は平成22年(2010)に国宝指定。権現造、総漆塗極彩色の社殿および建造物群は、江戸時代初期の歴史的建造物として美麗かつ均整の取れた穏やかさを誇る。また、併設の博物館には家康公の愛用品、歴代将軍の寄進刀剣および多数の所蔵品が収められ、中でもスペイン国王から家康公に贈られた洋時計、歴代将軍の甲冑は全国的な関心が寄せられている。
「山神社」とも呼ばれる神社で、木こりたちの守り神として、また病気を治す神でも親しまれてきた鎌倉時代創建の古社。森の中に立つ社殿の横手には大小のハサミが並んでいる。ハサミは疫病を断ち切る意味をもつもので、治癒したお礼に信者たちが奉納したもの。社務所には神場地区の人々が交代で詰め神社を守っている。なお、神社社務所に電話の設置がないため、問合わせは御殿場市観光協会へ。
足柄山の金太郎で親しまれている坂田金時[さかたのきんとき]の生家跡に、金時を祭神として建立されたもの。背後の小山一帯が金時公園として整備されており、金時の産湯として使ったちょろり七滝、第六天[だいろくてん]社などがある。境内入口に立つ、大きなまさかりがユーモラスだ。
7世紀後半の白鳳時代に開創。関所鎮護の仏堂が寺の始まりと伝えられ、梵鐘[ぼんしょう]や書画などの文化財を収蔵。山門や鐘楼など歴史的な建造物も多い。足利尊氏と徳川家康ゆかりの寺でもあり、家康が指図したという池泉庭園は国の指定名勝。夏目漱石・高山樗牛・与謝野晶子など多くの文人・詩人が訪れ、天明年間(1781~88年)の作とされる五百羅漢石像は島崎藤村の小説にも登場する。また、平成29年(2017)10月には、江戸時代に朝鮮通信使が当寺に遺した書跡48点がユネスコの「世界の記録」に登録された。
運行情報はありません。
路線が登録されていません。
路線登録で登録した路線の運行情報が表示されます。
路線を登録すると、登録した路線の運行情報が右サイドで表示される機能です。
トップページ、電車関連ページで表示されます。
エリアを登録すると、登録したエリアの天気情報が表示されます。