起雲閣
非公開の岩崎邸、現存しない住友邸と並び、「熱海の三大別荘」といわれた名邸。日本家屋の母屋と離れは大正後期、洋館と広大な庭園は昭和初期に造られたもので、熱海市有形文化財に指定されている。戦後は旅館として賑わい、太宰治ら多くの文化人も投宿した。現在は熱海市の所有となり一般公開されている。館内にはゆかりの文豪たちの資料展示室や喫茶室もある。所要40分。
- 「来宮駅」から徒歩14分/「熱海駅」から徒歩23分
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非公開の岩崎邸、現存しない住友邸と並び、「熱海の三大別荘」といわれた名邸。日本家屋の母屋と離れは大正後期、洋館と広大な庭園は昭和初期に造られたもので、熱海市有形文化財に指定されている。戦後は旅館として賑わい、太宰治ら多くの文化人も投宿した。現在は熱海市の所有となり一般公開されている。館内にはゆかりの文豪たちの資料展示室や喫茶室もある。所要40分。
来宮駅の南にある坪内逍遙[つぼうちしょうよう]の邸宅。屋敷は大正9年(1920)に建てられたもの。逍遙は、ここでシェークスピアの全訳を完成させた。建物は木造2階建ての日本家屋。庭先には名前の由来となった2本の柿の木と書斎がある。また、100m南の海蔵寺には逍遙夫妻の眠る墓がある。双柿舎の見学には身分証明書が必要。所要1時間。
暗殺された源頼家の冥福を祈って実母、北条政子が建てた経堂。お堂の中心には鎌倉期の作品である釈迦如来坐像が安置され、静岡県の文化財に指定されている。指月殿の横には源頼家の墓がある。
指月殿の裏山に広がる自然公園。修善寺の各所に設置された桂谷八十八カ所のうち、36番~44番までの札所が園内に点在する。桂谷八十八カ所とは、28kmの行程で四国霊場巡り同様の功徳が得られるとしたもの。毎年11月7~9日に巡礼が行なわれている。指月殿から急な山道を登ると、岩を削って安置した岩谷観音、山頂には源義経像、少し下ったところに鹿山の散策を好んだ吉田絃二郎の妻、明枝の句碑がある。
ねずみと猫の恩返し伝説から立てられた石碑。ある日、旅僧に化けた大ねずみが住職に襲いかかったが、2匹の猫がこれを助けた。ねずみも猫も息絶えたのを見た村人は猫だけを手厚く葬った。一方のねずみはその夜、村長の夢枕にあらわれて海上の安全と大漁を約束したといわれている。
昭和18年(1943)に発掘された、弥生時代後期(1~3世紀)の集落跡。住居倉庫や水路、水田、木製農具なども多数発見され、当時の生活解明に大きく寄与した。一帯は遺跡公園として整備。復元された住居や穀物を貯蔵する高床倉庫、水田跡などが見られる。平成28年(2016)、出土遺物775点が重要文化財に指定された(一部を併設の博物館に展示)。所要1時間。
文政3年(1820)清水次郎長が生まれた、次郎長通りにある生家。次郎長の写真や使った道具類などが展示され、200年前の湊に生きた庶民の暮らしが分かる。平成30年(2018)国の登録有形文化財に登録。次郎長にちなんだみやげも販売。所要20分。
『伊豆の踊子』の舞台になったことを記念して、昭和40年(1965)に建てられた文学碑。川端康成文学碑同様、ここにも小説の一節が刻まれている。
室町時代前期に築かれた山城で、戦国時代には難攻不落の城として知れわたっていた。今川氏の重要な支城だったが、永禄12年(1569)12月6日、武田信玄との戦で落城。現在は善福寺曲輪などが復元され、春の桜が見所。
低い軒の瓦葺きの外観を持つ明治期に建てられた民家。建物正面のくぐり戸付きの大戸や格子、ナマコ壁が特徴だ。邸内では東海道に関する資料や、甲州武田家に仕えたという小池家に伝わる高札や検地帳、古文書など貴重な品々を展示している。所要20分。
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