白濱神社
伊豆最古、2400年の歴史をもつ神社。御祭神は伊古奈比め命(「め」の字は口+羊)、三嶋大明神、見目、若宮、剣の御子の神様。伊豆7島を創られたと伝えられる。境内にそびえる推定樹齢2000年の御神木と、枯れてから1300年の御神木は圧巻。神社裏白浜海岸にある大明神岩の赤鳥居は有名。
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伊豆最古、2400年の歴史をもつ神社。御祭神は伊古奈比め命(「め」の字は口+羊)、三嶋大明神、見目、若宮、剣の御子の神様。伊豆7島を創られたと伝えられる。境内にそびえる推定樹齢2000年の御神木と、枯れてから1300年の御神木は圧巻。神社裏白浜海岸にある大明神岩の赤鳥居は有名。
お吉の菩提寺。本堂の右横に唐人お吉記念館(料金:400円、時間:8~17時、休み:無休)があり、お吉の遺品や写真を展示。墓は記念館裏手に、供養の石灯籠や鶴松の塚と並んで立っている。墓石や灯籠は、舞台で「唐人お吉」を演じた新派の先代水谷八重子らが寄進したもの。また館内には文久3年(1863)、坂本龍馬の脱藩赦免をめぐって、勝海舟、山内容堂が会談した「謁見の間」も残されている。
慶寿寺本堂の裏にあるシダレザクラは、別名「孝養桜」ともいわれ、今川範氏が父範国の遺徳をしのんで植えたと伝えられており、現存の桜は2代目。目通り周囲は3.5m、高さ14m、枝張り18mを誇る桜で静岡県の天然記念物に指定されている。このシダレザクラが衰弱しているため、平成18年(2006)2月に3代目が参道入口に植樹された。3代目は約20年前に2代目の枝を別のシダレザクラに接ぎ木して得ることができた2本の成木のうちの1本。
14世紀末期に大通融士[だいつうゆうし]が開いたという曹洞宗の古刹。周囲の緑に埋もれるように間口3.65m、奥行3.5mの山門が立つ。冠木門からこの山門まで約70mの参道はサザンカのトンネルになっている。
奈良時代の創建といわれ、今川氏や徳川氏から厚く信仰されてきた。本堂は桃山文化の影響を受けたとされる壮大な茅葺屋根。堂内には本尊千手観音立像が安置されるが、60年に一度の開帳で次回は2054年だ。境内にある樹齢1000年の老木、十本杉(天然記念物)も見もの。
約350年前に中国からの渡来僧・独湛禅師[どくたんぜんじ]によって創建された黄檗宗[おうばくしゅう]の寺院。境内には創建当初の面影を残すものが多く、仏殿・方丈は黄檗宗伝来初期の建物として国の重要文化財に指定。梁の武帝像や独特の中国明朝風様式は、大陸的な雰囲気を漂わせ、興味深い。境内には商売繁盛の石として人気の「金鳴石」も。
標高1107mの山住峠にあり、お犬さま信仰で知られる神社。元亀3年(1572)、三方ケ原の戦いで苦戦中の徳川家康を犬たちが一斉に吠えて敵を散らせ、守ったと伝えられる。境内の樹齢1300余年の杉の巨木が見もの。
伊東駅の北側高台にある曹洞宗の古刹。山門を入ると正面に本堂があり、ここからは伊東市街や海に浮かぶ手石島などの眺めがよい。開創は慶長12年(1607)で、伊東七福神の一つ。本堂左手の池に弁天堂が立ち、弁財天が祭られている。サクラ、ツツジなど花木の多い境内は、日本庭園のように手入れが行き届き、蕉風の俳人山本六丁子[やまもとろくちょうし]の句碑や墨画の内山雨海[うちやまうかい]の筆塚が立つ。木下杢太郎[きのしたもくたろう]の生家・太田家の菩提寺でもある。
庄内半島の西、高さ50mほどの小さな山、舘山の中腹にある曹洞宗の禅寺。舘山寺温泉の名前の由来でもある。もとは弘仁元年(810)、弘法大師が開いた真言宗の中嶺山舘山寺という古刹で、鎌倉時代に兵火で一度は焼失したものの、源頼朝が自らの祈願寺として再建。明治の廃仏棄釈で廃されたが、明治中期になって曹洞宗の寺として再び興された。周囲には浜名湖を見ながら一周できる遊歩道もある。
建徳2年(1371)に後醍醐天皇の皇子・無文元選禅師によって開山とする臨済宗の禅寺。方広寺の鎮守の神である半僧坊の信仰も篤く、深い緑に包まれた境内には、本堂を中心に半僧坊真殿、開山堂、三重塔などが立つ。国の重文指定を受ける七尊菩薩堂は県内最古の木造建築。境内各所に置かれた五百羅漢の石像も見どころのひとつだ。要予約で精進料理を味わうこともできる。
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